都営バス

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都営バス(とえいバス)は、東京都が経営する公営バス。都バスとも呼ばれる。

東京都交通局内にバスを担当する「自動車部」(都営地下鉄と日暮里・舎人ライナーは「電車部」)がある。

東京都特別区や青梅市を主な営業エリアとする一般乗合バス事業(青梅地区では一部埼玉県内も運行)の他、渋谷・南千住両営業所に集約配置されている観光用車両(6台)及び乗合用車両の転用による貸切バス事業も行っている。

2002年2月に乗合バスの営業区域の規制がなくなり、事業者間の競争が激化した。そのため、経営効率化のために2003年から一部事業所で東京都が出資する民間事業者・はとバスへの業務管理委託を行っている(2003年4月~早稲田営業所杉並支所、2004年4月~江戸川営業所臨海支所、2006年~南千住営業所青戸支所、2008年4月~品川営業所港南支所)他、2003年より江東・江戸川・深川の各営業所で江東区内の中学校登・下校用貸切スクールバスの運行を受託している(年度によりうち2営業所が運行)。また、リフト車、RH01系統専用車以外のホイールベースはすべて短尺(三菱は-K、いすゞは-Lなど

目次 [非表示] 1 沿革 1.1 創設期 1.2 事業の恒久化へ(大正末期~昭和初期) 1.3 戦前(昭和10年代) 1.4 戦争からの復興 1.5 路線・事業の拡充 1.6 路線再編・都電の廃止 1.7 バスサービスの改善 1.8 近年の動向 2 営業所 2.1 営業所の統合及び廃止 3 特別路線 3.1 コミュニティバス 3.2 観光路線バス「東京→夢の下町」 3.3 臨時系統 3.3.1 東京ビッグサイト関連 3.3.2 劇場バス 3.3.3 江戸川競艇関連 3.3.4 晴海会場関連 3.3.5 その他 4 車両 4.1 低床化 4.2 低公害化 4.3 廃車車両 4.4 局番 5 その他 5.1 音声合成装置 5.2 みんくる 5.3 料金と乗降方式 6 関連項目 7 外部リンク


[編集] 沿革

[編集] 創設期 東京都によるバス事業は、1924年(大正13年)1月18日に東京市電気局が暫定的に乗合バス(東京市営バス)事業を開始した事に端を発する。これは、1923年(大正12年)9月に発生した関東大震災により、東京市が運営していた東京市電は大打撃を受け、復旧には相当な期日がかかることが見込まれたため、市電の代替輸送機関としてであった。最初に開通した路線は東京駅と渋谷駅(中渋谷)、巣鴨駅(巣鴨)と東京駅を結ぶ路線であった。運行開始時は、ワンマン運転形態をとり、バス停で切符を販売する形であった。

また、当時の車体は明治初期の乗合馬車を連想させ、この乗合馬車の御者を明治期の落語家・4代目橘家圓太郎が高座でものまねした事が受けて以来、乗合馬車自体を「円太郎」と呼んでいたのに因み、この乗合馬車然とした市営バスも「円太郎バス」と呼ばれるようになった。


[編集] 事業の恒久化へ(大正末期~昭和初期) このように始まったバス事業は、利用は好調であり、車庫の増設、車両の増強が図られることとなった。このときに、大塚、目黒等の車庫が増設された。ただし、市電の復旧により利用者の減少が見られるようになり、当初目的が達成されたため許可期限であった1924年7月末日には運行を終了する方向性であった。しかし、このような状況で市バス利用者が定着してきたこと、購入した車両や設置した車庫等の投資、運転手などの従業員の処遇などの問題もあり、東京市会により運行が継続されることが決定した。これに伴い、運行時間や運転系統の見直しが図られることとなった。

この頃、既に東京市内には東京乗合自動車が経営する乗合バスが運行しており、好成績を上げ、市電の強敵となっていた。同社のバスは青色(実際は深緑色)に塗られていたため、「青バス」と呼称され、また車掌に10代後半~20代後半の女性を採用したが、制服の襟が白色だった事から「白襟嬢」と呼ばれ、注目を集めていた。

東京市は、これに対抗して当初ワンマン運転だった乗合バスに女性車掌を採用した。こちらは制服の襟が赤色だった事から「赤襟嬢」と呼ばれるようになる。なお、女性車掌の乗務は戦後、バスのワンマン化が進む中でも1980年代頃まで散見された。


[編集] 戦前(昭和10年代) 日中戦争が始まるにつれて、物資の統制が進むようになり、燃料を手に入れることが次第に困難な状況へとなっていった。このような中で、木炭者の導入をはじめとした代燃化を進めていくこととなった。1939年には、市電式木炭ガス発生炉を開発し、これをバス車両に取り付けていくことが進められていった。

また、陸上交通事業者が乱立していることが戦時体制下では非効率であると判断され、どのような形態にしていくのかが国により議論されていくこととなった。1938年(昭和13年)4月には、陸上交通事業調整法(陸調法)が施行され、この法律に基づく委員会により民間と東京市の対立があったものの、、東京市内と周辺地域について以下のような調整案がまとまることとなった。

旧市内は、路面交通事業者は東京市、地下鉄は新設する特殊機関(のちの帝都高速度交通営団)に統合。 旧市内以外は4ブロックに分けて統合。ただし、地域相互の連絡、規格統一を行う。 国鉄は除外。 この案をもとに、東京市は旧市内のバス事業者の統合を図ることとなる。結果、1942年(昭和17年)2月1日までに東京市は、市営バスのライバルだった「青バス」を東京地下鉄道、東京高速鉄道傘下の「黄バス」こと東京環状乗合自動車、城東乗合自動車、王子電気軌道の全路線、そして京王電気軌道と東京横浜電鉄のバス部門と東京地下鉄道系列だった葛飾乗合自動車のそれぞれの旧市内路線、大東京遊覧自動車を、政府による裁定指令などもあった上で接収を完了した。これで、東京市は天王洲 - 渋谷駅 - 新宿駅 - 池袋駅 - 赤羽駅 - 荒川大橋 - 千住新橋 - 小松川橋 - 今井橋に囲まれた東京中心部の乗合バス事業を独占する事となった。

また、1942年に電力統制が敷かれたため電気事業が分離され、1943年(昭和18年)10月1日には東京都制が施行され、東京市電気局は東京都交通局に名称を変えることとなった。

戦時中は、工場への輸送などの需要をさばく必要が生じていたことと、物資の不足や空襲等による施設、車両への被害なども相まって、運行する路線も限られたものへと縮小することとなった。


[編集] 戦争からの復興 第二次世界大戦後はわずか12系統の路線が運行されるのみであり、浜松町・渋谷・新宿・大塚・千住・大島・堀之内・江東の8営業所と4つの分車庫があるのみだった。また、車両も木炭車を中心とした代燃車両が用いられていたものの、満足に走る事のできる車両はさほど多くなかった。このような中で、米軍から余剰のトラックやトレーラーが日本国内のバス事業者に払い下げられた。東京都交通局には約400台の車両が割り当てられ、復興に大きく貢献する事となった。


[編集] 路線・事業の拡充 このような戦災復興中の1947年には、現在ではほとんど運行されなくなってしまった民営バス会社との相互直通乗り入れが始まった。これは陸調法の関係や営業権の問題も絡み、なかなか進まなかったが、GHQによる勧奨もあり、推進される事となった。

また、1948年に休止中の遊覧バス事業を新日本観光(現・はとバス)へ譲渡した。しかし、バスによる観光客の増加が見込まれたため、1953年に新たに免許を申請する事となり、1954年には観光バス事業を再開する事となった。


[編集] 路線再編・都電の廃止 1952年(昭和27年)には地方公営企業法の適用を受ける事となった。この後は乗客の増加などもあり、経営的には順調だった。しかし、1961年(昭和36年)度以降は赤字基調となり、度重なる運賃の値上げによっても解消する事はなかった。その中で経営改善を行うために路線の再編やワンマンバス化などが行われる事となった。 モータリゼーションの進行とともに、東京都内でも郊外からの交通需要の増加等により、慢性的な渋滞が都心部で発生するようになってきた。この影響もあいまって東京都電は一部を残し、1963年(昭和38年)から1972年(昭和47年)にかけて廃止が行われることとなった。また、トロリーバスもこの時期に廃止された。これら廃止路線の多くは、代替輸送路線として都営バス路線が設定され、37系統の路線が設定された。この都電代替路線の多くは、現在の都営バスの基幹となっている。

都電廃止に伴い設定された主な系統 都電系統 廃止時運行区間 代替バス系統番号 代替バス運行区間 現在の系統番号 現在の運行区間 電6 渋谷駅 - 六本木 - 新橋 506(初期は504)系統 渋谷駅 - 六本木 - 新橋駅 都01系統 渋谷駅 - 六本木駅 - 新橋駅 電16 大塚駅 - 錦糸町駅 516系統 大塚駅 - 錦糸町駅 都02系統 大塚駅 - 錦糸町駅 電20 江戸川橋 - 須田町 520系統 早稲田 - 須田町 上58系統 早稲田 - 上野松坂屋 電22 南千住 - 日本橋 522系統 南千住 - 東京駅八重洲口 東42系統 南千住 - 東京駅八重洲口 電23 福神橋 - 月島 門33系統 豊海水産埠頭 - 亀戸駅 門33系統 豊海水産埠頭 - 亀戸駅 電28 錦糸町駅 - 日本橋 東22系統 錦糸町駅 - 東京駅北口 東22系統 錦糸町駅 - 東京駅北口 電34 渋谷駅 - 金杉橋 534系統 渋谷駅 - 赤羽橋 - 新橋駅 都06系統 渋谷駅 - 赤羽橋 - 新橋駅 電38 錦糸堀 - 門前仲町 錦14系統 錦糸町駅 - 門前仲町 都07系統 錦糸町駅 - 門前仲町

また、前述のように東京都交通局の財政状況は芳しくなく、第二次再建計画(昭和50年代前半)、第三次再建計画(昭和50年代後半)が提示されることとなり、バス事業においても不採算路線の廃止・短縮などの再編が行われる事となった。同時に、都営地下鉄新宿線など都心部での地下鉄新線開業に伴う再編も行われた。

第三次再建計画に伴うバス路線の状況の一例(1982年7月に行われた大規模改変) 系統番号 廃止時運行区間 備考 門19乙系統 門前仲町 - 豊洲鉄鋼埠頭 廃止 東26系統 東京駅八重洲口 - 葛西車庫 廃止 東42乙系統 南千住 - 岩本町 廃止 里48乙 日暮里駅 - 根津一丁目/日本医大病院 - 文京区役所 廃止 中77系統 中野区役所- 新代田駅 廃止 橋78系統 新橋駅 - 新宿車庫 廃止 東96系統 東京駅八重洲口 - 五反田駅 廃止

一方、現在でも青梅地区でバス事業を行っているが、これは1949年(昭和24年)に開設されたことに始まる。当時、青梅地区は西東京バスと西武バスにより運行が行われており、その後成木地区への路線が東京都交通局により開設された以外は、この2者による独占体制であった。しかし、青梅市の山間部等での人口減少が進み、1975年(昭和50年)には一部を除き西武バスが撤退することとなった。このため、吉野や上成木に向かう路線を東京都交通局が引き継ぐこととなり、青梅地区の路線は一部を除きほぼ現在の形へとなった。


[編集] バスサービスの改善 一方で、バス事業のサービスの改善も行われる事となり、1979年8月には深川・練馬・葛西・早稲田の4営業所において冷房車の運用を開始した。なお、全営業所において冷房車が投入されるようになるのは1980年4月の事で、当初は1営業所につき2台、全車が冷房車となるのはさらに時代の下った1990年7月の事だった。1981年3月には行先方向幕を大型化した冷房車が6月までに210台投入され、都電廃止時に大量投入された1968年~1969年に投入された車両が置き換えられた。なお、これら投入された冷房車はイエローベースに赤ラインの「スズキカラー」となっていたが、利用者や都民などからの評判は悪く、4つの車体塗色の変更案を出し、結果1982年5月にアイボリーをベースに緑色のラインを入れた「ナックルライン」と呼ばれる新塗色へ変更する事となった。319台が投入され、翌1983年2月までに都電廃止時に大量投入された1969年~1971年初期車を置き換えた。

上記のようにサービスの改善は行われていたものの、再建計画や路線再編が何度も存在した事から分かる通り、バス乗客数はモータリゼーションに伴う道路渋滞の悪化、定時制の喪失など様々な要因が重なり、利用客が減少していった。これらを改善する方策の一つとして1984年4月に都市新バスの運行を旧橋89系統・渋谷駅東口~新橋駅間の路線で開始する事となった(愛称は「グリーンシャトル」、系統番号は都01系統)。この路線は成功を収め、都市新バス化の前後で利用客の増加やバスに対する信頼性を若干ではあるが回復する事となった。なお、この都市新バスはその後も設定が行われ、現在では都営バスとして8系統(都01~08系統)が設定されるに至っている。また、2000年4月からは増収対策の一環として車体に広告を貼り付けるラッピングバスが登場した。


[編集] 近年の動向 このような様々な方策により利用客の減少をつなぎとめようと試みてきた。しかし、大幅な路線の廃止を伴う路線再編が地下鉄の延伸の機会に多く行われて来た。地下鉄半蔵門線・南北線の延長や都営地下鉄大江戸線・東京臨海高速鉄道りんかい線の全線開業、日暮里・舎人ライナーの開業に伴うものが代表的な例である。これにより多くの路線が廃止や減便されると共に地下鉄とバス並行の区間などでは利用客が落ち込む事となり、バス事業の利用者は減少を続ける事となった。中でも、大江戸線の全線開業後に都営バスでは「アクセスラインバス」「ダイレクトバス」「ラピッドバス」「フレキシブルバス」といった新しいタイプのバス路線を運行する事になった。


[編集] 営業所 都営バスでは現在、以下の12営業所と7支所の体制で営業している。各営業所と支所には所属車両の識別などのためにアルファベットの略記号が設けられている。記号は制定当時、品川を基点に時計回りの順番に付けられたが、その後の統・廃合や移転により、その順番はバラバラになっている。

※印のあるものに関しては、はとバスに管理委託された車庫を表す。

2008年4月1日現在 品川自動車営業所:A(東京都品川区北品川1-5-12) 所管系統…市01・波01・都06・黒77・橋86・渋88・品91・井92・田92・品93・浜95・反96・品96・品98・品99・直行01・深夜07 品川自動車営業所港南支所:Y(東京都港区港南4-7-1)※ 所管系統…虹01・反90・反94・井96・品97・東98・井98・田99 渋谷自動車営業所:B(東京都渋谷区東2-25-36) 所管系統…都01・RH01・都06・学03・学06・田87・深夜01 渋谷自動車営業所新宿分駐所:B(東京都新宿区西新宿3-19-1) 所管系統…都01・CH01・宿74・宿75 小滝橋自動車営業所:E(東京都中野区東中野5-30-2) 所管系統…学02・橋63・飯62・飯64・上69・高71・早81 早稲田自動車営業所:T(東京都新宿区西早稲田1-9-23) 所管系統…上58・早77・池86 早稲田自動車営業所杉並支所:D(東京都杉並区梅里1-14-22)※ 所管系統…渋66・王78・宿91・品97 早稲田自動車営業所青梅支所:W(東京都青梅市森下町554) 所管系統…梅01・梅70・梅74・梅76・梅77・梅78 巣鴨自動車営業所:P(東京都豊島区巣鴨2-9-8) 所管系統…都02乙・学01・学07・王46・里48・草63・草64・茶51 巣鴨自動車営業所大塚支所:G(東京都文京区大塚1-4-2) 所管系統…都02・上60 北自動車営業所:N(東京都北区神谷3-10-6) 所管系統…王40・王41・王45・王55・王57・東43・深夜02・深夜11 北自動車営業所練馬支所:F(東京都練馬区豊玉上2-7) 所管系統…学05・白61・新江62・池65 千住自動車営業所:H(東京都足立区梅田2-3-11-101) 所管系統…王49・草41・草43・端44・北47 南千住自動車営業所:K(東京都荒川区南千住2-33-1) 所管系統…都08・里22・上26・東42・上46・南千47・南千48・里48・草64・S-1 南千住自動車営業所青戸支所:Z(東京都葛飾区白鳥1-8-1)※ 所管系統…上23・有30・錦37・墨38・草39 江東自動車営業所:L(東京都墨田区江東橋4-30-10) 所管系統…都07・錦27・錦13・東22・門33・上26・亀21・亀23・錦18・陽20・錦27・急行05・急行06 江戸川自動車営業所:V(東京都江戸川区中葛西4-9-11) 所管系統…FL01・亀24・亀29・西葛20・西葛27・新小21・新小22・新小29・新小30・葛西24・錦25・葛西21・錦28・臨海28・錦27・深夜03・深夜10 新小21・錦27・錦28は主に東小松川分駐所が運行管理を行っている 江戸川自動車営業所臨海支所:R(東京都江戸川区臨海町4-1-1)※ 所管系統…東20・門21・秋26・西葛26・草24・平23・両28・船28・AL01・新小20・葛西22・亀26・船28・臨海22・錦11・錦22 深川自動車営業所:S(東京都江東区東雲2-7-41) 所管系統…海01・都03・都04・都05・業10・木11・錦13・東12・東15・東16・門19・豊洲01・波01・江東01

[編集] 営業所の統合及び廃止 都営バスでは、路線網の縮小や運行エリアの変化に伴い、営業所の統合及び廃止が幾度か行われており、特にバスの利用者数が減少に転じた後の1980年代、そして地下鉄網が完備されつつある2000年代に集中して実施されている。

1980年代の事例として、まず1980年4月に滝野川営業所(記号:N)及び同所管轄下の昭和町分車庫が北営業所に移転統合された。また、1982年3月には志村営業所(記号:Y)が廃止され、同所の受け持ち路線は王78を除き北営業所に吸収された。1985年には新宿営業所八王子支所(記号:X)は唯一の所管であった立73系統が自治体からの補助金の計上停止に伴い廃止され、特定輸送のための分駐所となったが、これも同年度末に移管されて廃止された。1987年には船堀にあった旧・江戸川営業所(記号:R)及び同今井支所(記号:U)が廃止され、臨海町に新設された臨海営業所に統合された。

1997年12月19日の都営地下鉄12号線新宿延伸時には練馬営業所が支所に降格し、2000年12月12日の同路線の全線開業時の再編では杉並・新宿・目黒の各営業所が支所に降格した。その際にAL02(現・豊洲01)・直行01・急行01~05(現在急行01~04は廃止)・FL01の各系統の新設や黒10・田70・秋76・水59・東17・茶81・四92の各系統の廃止、都03・橋86・草28(→両28)・茶51の各系統の経路の短縮などを行った。その後、2003年4月に目黒支所(記号:M)を品川営業所の分駐所とし、杉並支所をはとバスへ管理委託された。2004年4月には葛西営業所が江戸川営業所に改称され、臨海営業所を同所の支所になると共にはとバスへの管理委託となった。この一連のはとバスへの管理委託の際に大規模な路線の所管換えが行われた(詳細は各営業所記事を参照の事)。また、2005年3月には目黒分駐所が廃止となり、目黒の路線は品川に、車両はほぼ全車両港南支所に転属した。2006年4月には新宿支所が新宿分駐所になり、青戸支所がはとバスへの管理委託となった(錦37系統を除く。なお同路線のためだけに同支所内に南千住営業所青戸分駐所を新設したが、2008年4月からはとバス管理委託系統になったのに伴い、青戸支所に移管・統合された)。2008年4月には大塚営業所が支所に降格し、港南支所がはとバスへの管理委託となった。


[編集] 特別路線

[編集] コミュニティバス 都営バスでは、2001年6月29日に台東区からの委託を受けてコミュニティバス「めぐりん」の運行を開始した。南千住営業所の所管で、現在の北めぐりんのルートを走っていたが、2004年4月に日立自動車交通へ移管した。

また、2005年11月1日からは江東区からの委託を受けて「しおかぜ」の運行を開始した。深川営業所の所管で、辰巳・潮見・枝川地区を走っている。


[編集] 観光路線バス「東京→夢の下町」

東京→夢の下町(S-1系統)専用車(K-L656)2008年4月26日より、東京駅丸の内北口から日本橋、秋葉原、上野、浅草を経て両国に至る下町エリアの観光スポットを通る観光路線バス「東京→夢の下町」を専用車にて運行、南千住営業所が担当している。なお、同月24日に行われた記者会見では、萩本欽一、浅香光代、デーモン小暮閣下をゲストに迎えた。


[編集] 臨時系統 東京国際展示場(東京ビッグサイト)でのイベント、国立劇場での興業、江戸川競艇場でのレース、晴海での東京湾大華火祭、それぞれの開催時に、周辺主要駅との間に臨時運行される路線である。


東京ビッグサイトでの大規模イベント時に運行される国展01系統(N-L120) [編集] 東京ビッグサイト関連 国展01甲1:東京駅八重洲口 - (無停車) - 豊洲駅前(ビッグサイト発のみ) - (無停車) - 東京ビッグサイト(バスターミナル) 国展01甲2:東京駅八重洲口 - (無停車) - 豊洲駅前(ビッグサイト発のみ) - (無停車) - 東京ビッグサイト(東駐車場) 国展01乙1:東京駅丸の内南口 - (無停車) - 豊洲駅前(ビッグサイト発のみ) - (無停車) - 東京ビッグサイト(バスターミナル) 国展01乙2:東京駅丸の内南口 - (無停車) - 豊洲駅前(ビッグサイト発のみ) - (無停車) - 東京ビッグサイト(東駐車場) 国展01貸切:東京駅丸の内口 - (無停車) - 東京ビッグサイト(イベント関係者のみ乗車可・この系統のみ無料) 国展02:豊洲駅前 - (無停車) - 東京ビッグサイト 国展03:浜松町駅 - (無停車) - 東京ビッグサイト 国展04:品川駅東口 - (無停車) - 東京ビッグサイト 国展05:錦糸町駅 - (無停車) - 東京ビッグサイト 国展06:新橋駅 - (無停車) - 東京ビッグサイト 国展07:東京駅八重洲口 - (無停車) - 豊洲駅前(ビッグサイト発のみ) - (無停車・有明北橋経由) - 東京ビッグサイト(バスターミナル) 国展08:東京駅八重洲口 - (無停車・有明北橋・晴海大橋経由) - 東京ビッグサイト(バスターミナル) 臨時急行(海01臨時便):東京ビッグサイト - 豊洲駅前 - 門前仲町 (但し、実際に運行されているのは01 - 03のみ、04は2007年2月に初運行、05の運行実績はなし、06はビッグサイト完成直後に数回運行されて以来運行していない。02と03も混雑が予測できる大規模イベント時のみ運行される。) これらの系統は東京国際展示場(東京ビッグサイト)への臨時路線である。主に深川・品川・港南が担当し、大規模イベント開催時には国展01・02に限り深川営業所を主軸として全営業所(青梅及びはとバス委託の杉並・臨海・青戸を除く)から車両を拠出して運行される(その他は国展03が港南・品川が担当し、臨時急行は深川が担当する。)。

最も運行される機会が多いのが国展01系統である。かつて東京駅~晴海会場間に運行されていた臨時バスの流れを汲む路線で、晴海会場の閉鎖に伴いその代替施設として誕生した東京ビッグサイトで開催されるイベント来場客のピストン輸送を主任務とする。開催イベントなどの規模や動員数、時間帯などの要因により不定であるが、お盆(夏コミ)と年末(冬コミ)のコミックマーケット期間中、春と秋のギフトショー期間中はほぼ確実に運行される。

これらの系統は東京ビッグサイトでのイベント開催時を中心時に運行されるため、イベントの規模・動員数や時間帯によって起・終点の乗り場が変更される(東京駅発の場合通常は八重洲口の東16乗り場だが、場合によっては道路向い側の住友生命ビル前〈旧銀ブラバス停留所〉となる。また、ビッグサイトも親路線である東16とは別の乗り場が専用に設置されているが、小規模の場合東16臨時〈急行〉扱いで運行され〈幕は国展01を使用〉、通常路線と同じ乗り場を使用する。)他、途中の運行経路も通常は新富町・佃大橋・豊洲経由で旧東17のルートを通るが、道路の混雑状況などにより東16のルート(中央大橋・亀島橋経由)や先代の晴海会場時代のルートである勝鬨橋・銀座経由などに変更されるなど、臨機応変の運行形態となる場合がしばしば見受けられる。専ら急行扱いとなるため停車する停留所は復路のみ豊洲駅(降車のみ)だけだが、これすらも通過する場合がある(通過となる場合は国展02が運行される。但しバス停は一つ隣の豊洲一丁目を使用する事が多い。)。なお、同じ区間を走る鉄道としてゆりかもめが走っているが、2006年3月27日に有明 - 豊洲間が開業したため、豊洲と東京ビッグサイトが鉄道で結ばれるようになった。

系統番号はLED表示器の場合は表示されるが、方向幕は側面にのみ掲示される場合が多く、前面方向幕は起点~終点表示だけの場合が多い(一部営業所には「急行」の表示がある)。また、「都営バス」「貸切」表示での運行もこの系統に含まれる場合があるようである。

2002年12月1日の東京臨海高速鉄道りんかい線全線開通に伴い、定時速達性に優れた同路線への相当数の利用客流出が見込まれたため、同月のコミックマーケット関連臨時運行から運行本数の見直しが行われ、小規模のイベントの場合は運行されない事が多くなったようだが、東京駅直結の抜群の利便性や、他の交通機関と比べて格安な運賃などの要因から、需要は依然として確実に存在している。

なお、ビッグサイト周辺道路の整備に伴い、東駐車場に入る臨時バスは現在運行休止中である。

門前仲町行の臨時急行便は隠れた存在で運行される機会は少ないものの、運行されれば東京地下鉄東西線或いは都営地下鉄大江戸線で帰宅する利用者で混雑する。ルートは国展系統の国道357号線の東雲駅前左折ではなく通常の海01と同じ有明テニスの森経由である。なお、JR京葉線への乗り換え停留所である越中島には停車しない。

その後、2006年春に晴海 - 豊洲埠頭 - 有明を結ぶ道路が開通し、国展系統もこの道路を利用した新たな系統番号(国展07・08)が登場した。今後国展01・02に代わって運行されるものと思われる。

また、2007年2月18日の東京マラソンでは観客・参加者の帰宅時にビッグサイト発の便が運行されたが、これらは、東京駅行ルートが交通規制エリア内に入っているため、品川駅行の臨時急行として運行された。旅客向け案内は「臨時急行」だったが、乗務員向けの時刻表に「国展04乙」と記載されていたため、国展04系統が初めて運行されたものと思われる。ルートはレインボーブリッジ経由であり、方向幕は「都営バス」もしくは白幕で、フロントガラスに行先が記載されていた。この路線で興味深いのは国展系統開通時に当時の運輸省に提出された路線概要では「ビッグサイト - 台場駅 - 品川駅」と記載されており、今回のレインボーブリッジ経由では台場駅を通らないため、やや遠回りルートもしくはかつての海01のルートだった首都高速経由で計画されていた可能性があり、そのためこの時の路線が乙系統とされたと考える事もできる。


劇02系統(A-L640) [編集] 劇場バス 劇02:国立劇場→日比谷→新橋駅前(現在運行休止中) 劇03:国立劇場→日比谷→有楽町駅→東京駅南口 劇04:国立劇場→平河町→青山一丁目駅→表参道駅→渋谷駅前(現在運行休止中) 劇05:国立劇場→半蔵門→四谷駅→四谷三丁目→新宿駅東口→新宿駅西口 劇06:国立劇場→九段下→江戸川橋→護国寺→池袋駅東口(現在運行休止中) これらの系統は国立劇場の公演が終了後に1回のみ運行されている。運賃は通常路線と同じである。劇04は廃止された茶81のルートを使用するため、同路線廃止後もバス停が「降車専用」として使用されている。方向幕は前面が「劇場バス」(側後面は通常路線と同じ)で、LED表示器の場合は小さく行先が表示される。以前は側面も方向幕に「劇場バス」と表示された時期もあった。なお、これらの系統はほとんど地下鉄と並走し、且つ地下鉄の方が運賃が安いため、最寄り駅の半蔵門駅や永田町駅・赤坂見附駅まで徒歩で向かう人が多い。

かつては新宿コマ劇場や帝国劇場などからのバスも運行していた。


[編集] 江戸川競艇関連 艇07:江戸川競艇場前→錦糸町駅前 艇08:江戸川競艇場前→新小岩駅前 艇09:江戸川競艇場前→亀戸駅前 艇10:江戸川競艇場前 - 西小松川町 - 平井駅前 艇11:江戸川競艇場前 - 船堀駅前 - 宇喜田 - 西葛西駅前 艇11折返:江戸川競艇場前 - 船堀駅前 艇10と艇11は競艇開催時は随時運行されるが、その他は最終レース後の片道のみ運行される。すべて無料で乗車できるが、江戸川競艇場行きは途中バス停では乗車のみを扱い、逆に競艇場発は降車のみである。なお、宇喜田は通常の新小21が使用するバス停ではなく臨海22の区立自然動物園前に停車する。また、西小松川町バス停は小松川橋付近にある競艇系統専用の停留所で、みんくるガイド(路線図)にも掲載されていない。

担当営業所は、艇10は江東・江戸川の共管で、艇11は江戸川である。利用客の層が限定されている事から両営業所共ノンステップバスの使用率が低く、特に江戸川担当便はかなりの高確率で旧年式車かハイブリッドバス(HIMR)が使用される。


[編集] 晴海会場関連 晴01:東京駅丸の内北口 - 晴海会場 晴02:東京駅丸の内南口 - 晴海会場 晴03:東京駅八重洲口 - 晴海会場 晴04:豊洲駅 - 晴海会場 晴海埠頭にあった晴海見本市会場への輸送のために東京ビッグサイト開業までの1996年まで運行された。現在は毎年8月の東京湾大華火祭開催時に運行されている。但し、近年は都営地下鉄大江戸線やゆりかもめの開通により晴04のみが運行されており、その運行回数も非常に少ない。東京駅からは都05の臨時便が運行されるパターンが主流となりつつあるが、最近では同路線の増車も減り、完全に地下鉄・ゆりかもめにシフトしている。

2006年の東京湾大華火祭では、豊洲駅発着便は系統番号を「晴02」として運行されたため、従来設定されていた東京駅発着便は設定自体が完全に廃止され、もしくは東京駅発着便をすべて「晴01」としたと思われる。


[編集] その他 臨01:一之江駅 - 葛西駅 - プールガーデン(現在運行休止中) 臨03:浅草寿町 - 上野駅前 臨05:豊洲駅前 - お台場海浜公園駅前 臨01は江戸川区中葛西7丁目にある江戸川区の区営プールへの路線であり、毎年夏季に運行されて来た。しかし、新小30開通以降運行されておらず、長期休止中の扱いであるため、所轄営業所さえ不明である。なお、運行当時は臨海営業所の所轄だったが、現在の臨海支所は臨時路線の免許を取得していないため、仮に臨01が復活したとしても他所の運行になる。

臨03は隅田川花火大会開催時に運行され、臨05は晴04と同じく東京湾大華火祭開催時に運行される(臨05は2007年運転なし)。


[編集] 車両 都営バスでは、いすゞ自動車、日野自動車、日産ディーゼル、三菱ふそうの4社によって製造または販売された車両を導入している。従来は営業所毎に指定車(品川=日野、渋谷=三菱ふそう、小滝橋=いすゞ、江東=日デなど)があったが、ノンステップ車の導入や入札制度、三菱ふそうリコール隠しによる指名停止処分などにより近年では指定車種の原則が崩れており、品川、渋谷、深川、臨海、南千住、青戸、千住のように全メーカーを保有している所も見受けられる。


[編集] 低床化 車両の低床化には平成の初期から取り組み、1990年度に最初の超低床バスであるスロープ付バス「都市型超低床バス」が8両導入され、新宿営業所(現・渋谷自動車営業所新宿分駐所)を始めとする5営業所で活躍した。翌1991年には前年度のスロープに代えてリフトを搭載した「リフト付超低床バス」が導入され、1995年度まで続いた。1996年度末に新宿にノンステップバス2台が試験配属される一方、1994年度から試験的に使用し、床面の高さを従来の850mmから650mmにして低床化を図った「らくらくステップバス」にリフトを追加した「リフト付新低床バス」も導入されたが、翌1997年以降のノンステップバス導入でこの1回限りに終わる。だが、リフトなしの「らくらくステップバス」は1998年まで継続投入された。1997年度以降はノンステップバスが投入され、ツーステップ一般車は1998年度分として1999年6月の投入(最後は江東営業所所属のE代)が最後となった。翌1999年度からはすべてノンステップバスに統一された。

2001年度~2003年度に関しては日野・三菱・日産ディーゼル製の中型ベースのロング車を投入した。これは当初らくらくステップバスも合わせた形で車両計画を立てていたが、障害者団体の反対を受けたため、急遽全車両をノンステップバスとする事となった予算的な制約の面も大きかった。

しかし、中型ベースでホイールベースをストレッチして大型車として導入した事により、積み残し、パワー不足、乗り心地の悪さなどの問題が発生した事や、中型車クラスで乗客を輸送できる路線が少なくなって来た影響もあり、2004年度以降は基本的に大型車の導入へと変更された。また、近年はコスト削減のため1メーカーから1車種を大量購入する事になっている。詳しくは下記に記載する。


[編集] 低公害化 都営バスはかなり早い時期から低公害車の導入に積極的で、最初に投入された低公害車は1972年11月から1978年3月まで試験走行した「電気バス」で、いわゆる自家発電をしながらバッテリーも併用して走行するディーゼル・エレクトリックとシリーズハイブリッドの中間型だった。しかし、試験終了後に他の低公害車が投入される事はなかった。その後、都営バスにおける低公害化は1991年に杉並営業所に試験導入された日野のハイブリッドバス「HIMR」まで待つ事となる。翌1992年以降、いすゞのCHASSEや三菱のMBECS、日産のERIPなどの蓄圧式ハイブリッドバスを含めてハイブリッドバスを数多く導入した(日野車は1998年のE代車で一時中断、2007年のR代車:ブルーリボンシティハイブリッドで再開。日野車以外は1993年~1997年に導入。)。この他、日産といすゞのCNGバスを1994年に南千住と深川に導入し、翌1995年には臨海にも追加、後年には北・新宿にも投入された。その他、かつては低年式車(旧型車)の低公害化対策として燃料をLPG併用に改造した車両も存在していた。近年では2003年に深川営業所に燃料電池車を試験配置した事が話題となった。

2005年度(N代車)前期投入車(Z・A代〈早稲田〉の三井物産の性能虚偽報告によるDPF装着車と入れ替えられた車両)は音声合成の種類で車種を決めている。クラリオン製を使用している営業所・支所は日野自動車のブルーリボンII、レシップ製を使用している営業所・支所はいすゞ自動車のエルガで、車体はジェイ・バス宇都宮事業所(旧いすゞバス製造)製のバスを導入している。後期には日デ車を指定とする営業所・支所に初めての新長期(平成17年規制)排出ガス規制適合車の日デ車が投入された。2004年度(M代車)と2005年度前期までは新短期(平成16年規制)排出ガス規制適合車、後期以降は新長期(平成17年規制)排出ガス規制適合車の導入になっている。2006年度(P代)は全車西工架装の日デ車(PKG-RA274)で品川・渋谷・大塚・巣鴨・江戸川・青梅など日デ車非指定所まで投入された。また、CNGノンステップバスも投入されるが、これは2003年度(L代車)以来のふそう車(PJ-MP37JK改)となっている。2007年度(R代)は再び日野・ブルーリボンIIの平成17年排ガス規制と平成27年燃費基準に適合したモデルでヘッドランプが角型2灯に変更されたタイプである。長らくUD車指定だった江東・北に投入され、小滝橋は4年ぶりに新車が投入されると同時に同所初の行先表示のLED装備車となり、初の日野車でもある青戸・練馬にも投入された。同年度にはさらに渋谷営業所に第2世代バイオディーゼル燃料を10%配合した軽油を使用したハイブリッドバスが2両導入された。これは世界初の事だった。


[編集] 廃車車両 なお、都営バスではこれまで排出ガス規制などで廃車となった車両を資源の有効活用という観点から地方の事業者に売却・譲渡していた。しかし、石原慎太郎知事が地方の環境問題についての指摘を受けた事が発端で環境対策を抜本的に改革すべきとの意見が高まり、2005年度より売却・譲渡が原則禁止となった(CNGバスは排出ガス規制対象外のため延命して使用)。

但し、人道的支援においては例外とされ、実際にスマトラ沖地震による津波の被害でスリランカ国民の足であるバスが被災したため、スリランカ政府の要請もあり、177両の車両が無償譲渡された例がある。また、G代の特定車はまだ活躍できる事を見込み、日立自動車交通へ売却された。

今後も一般路線車は現在の排ガス規制適応車になった事から民間事業者に再び譲渡する可能性が出て来ているが、現在でも一般路線車は民間事業者への譲渡は認めず、特例を除きすべて破砕処分の方針である。

一方、この件に対して中古バス市場では車両価格が急騰される事態となった事と共に、これまで老朽化された旧型車両を置き換える目的に整備状態の良い都営バスの中古車を購入し続けて来た地方の一般路線バス事業者からはまだ使える車両が購入できず、置き換え計画が進まなくなるなどとして反発が起きている。特に、前・中扉仕様の中古車両の価格高騰や中古車両の品不足が激しく、地方バス業者だけでなく、中古車ディーラーからも反発の声が起きている。


[編集] 局番 都営バスでは、車両の識別のため、「局番」と呼ばれる以下のような車両番号が車体側面に表記されている。

S- L 111 (深川) 営業所の 固有アルファベット 年式 固有番号 営業所

(例2)W-C851(青梅) (例3)B-P001 最初の英字は前述した営業所の記号であり、上記例1ではSで深川営業所、例2ではWで青梅支所となる。ハイフン以降後のアルファベットは導入年度、3桁の数字のうち百の位はその車の区分を示しており、1~7は一般車(中型ロング車を含む)、0は貸切車とコミュニティバス、8は中型車、9は特殊車(主に養護学校スクールバス)に割り当てられている。十の位と一の位は通し番号となっているが、42、49は忌み番として使われていない。但し、A414(3代)やC101(3代)など欠番もある。貸切車は番号の後の営業所表記は省略される。

導入年度とアルファベットの関係は以下のようになる。但し、数字と似ているI、J、O、Q、Uを除く21字が用いられている。 年は年度、色は排ガス規制(S-B615(NE-)、R-A450(KC-)、N-P535(PJ-)、H-D221(記号なし)など例外あり:規制前、K-、P-、U-、KC-、KK-・KL-、PJ-、ADG-、PKG-・BDG-・PDG-)を示している。 太字は全車廃車、イタリックは一部廃車。 A:1957、1974、1994(CNG車3台のみが残存) B:1958、1974、1995 C:1959、1975、1996 D:1960、1976、1997 E:1961、1977、1998(900番台のみ除籍) F:1962、1978、1999(900番台のみ除籍) G:1963、1979(昭和54年6月投入分)、1979(昭和55年2月投入分)、2000(路線用は3台のみ 900番台のみ廃車) H:1964、1980(小型ミニバスは1980年9月に、一般大型車は1981年3月に投入)、2001 K:1965、1981、(スズキカラー車は1981年7月に、ナックルライン車は1982年5月に投入)2002 L:1966、(昭和41年4~5月投入)(都電代替用のみ志村のみの配置日産ディーゼル4R94)1982、2003(S-L111のみ除籍) M:1966、1983(昭和58年7月分)、1983(昭和59年2月投入分)、2004 N:1967、1984、2005(いすゞ・日野)、2005(日産ディーゼル) P:1967、(都電代替用のみいすゞBU05Dのみで1968年1~2月に大塚・巣鴨配置)1985、2006 R:1968、1986、2007 S:1968、1987、2008 T:1969、1988 V:1969、1989 W:1970、1990 X:1971、1991 Y:1971、1992 Z:1972、1993


[編集] その他

[編集] 音声合成装置 渋谷・杉並・千住・南千住・江東・北・巣鴨・臨海・深川・青梅・港南にはクラリオン製、品川・新宿・小滝橋・大塚・早稲田・江戸川・青戸にはレシップ(S-light)製の音声合成装置が搭載されていた。しかし、2006年にレシップ製全所とクラリオン製のうち旧型を搭載していた千住・巣鴨・青梅がNEPTUNE製のFC-7000型装置に交換、残るクラリオン製(CA-2000B型)も2007年に渋谷・江東を皮切りに全所でRESONANT(ネプチューンが改名)製のFC-7000に交換され、現在は全車FC-7000型に統一されている。


[編集] みんくる 1999年1月19日に都営バスが営業開始から75周年を迎えた事を記念して、一般公募により制定されたマスコットキャラクターである(但し名前は交通局が決定)。みんくるには「みんなのくるま」「とみんのくるま」という意味が込められている(外部リンク:都営バス「みんくるの小部屋」参照)。同年にリフト車6台、ノンステップ車3台、標準車1台にみんくるの特別装飾が施され、座席の表地はみんくるがプリントされたデザインになった(ノンステップ車は2007年にPASMOラッピングに変更)。この座席は2000年度購入車から都営バスに標準装備されている(貸切車とコミュニティバス、RH01専用車、かつて存在していた養護学校スクールバスを除く。)。 バス停留所の上部やバス車体の側面に掲出している他、2006年末からは行先表示幕の左側や車体後尾にもステッカーとして貼付されている。 みんくるラッピング車 (リフト車:V-B750)

みんくるラッピング車

(ノンステップ車:T-D209) 現在はPASMOラッピングに変更

座席の表地もみんくる柄

(S-L768)


[編集] 料金と乗降方式 都区内と多摩地区で料金体系が異なる。

都区内は均一料金制で、2008年現在は山手線の内外を問わず同一料金であり、民営バス(210円)よりも10円安い。なお、東急バスと共同運行している東98系統では東急バスが目黒駅より山手線側を都営バスと同料金に合わせており、他の民営バス競合路線でも民営バスの運賃を都営バスと同一運賃にしている区間が設定されている。乗降方式は前乗り後降りである(民営バスも同様)。 学バスは大人170円・小人90円、C・H01系統は大人180円・小人90円。 多摩地区は区間料金制(初乗りは大人170円・小人90円)で、乗降方式は後乗り前降りである。 23区内の都営バスのみ有効な一日乗車券が大人500円・小児250円で発売されている。前売り券は都営バス定期券売り場・都営バス営業所などで、当日券は都営バス車内で発売されている。 都営地下鉄・都電・日暮里・舎人ライナーも利用できる「都営まるごときっぷ」が大人700円・小児350円で発売されている。前売り券(購入日から半年間のうち1日に限り有効)は都営交通定期券売り場・都営バス営業所・荒川電車営業所などで、当日券は都営バス・都電の車内と都営地下鉄・日暮里・舎人ライナーの各駅にて発売されている。但し、前売り券と都営バスや都電車内で購入した当日券(券面に「有人改札専用」と表記)は磁気化されていないため、都営地下鉄や日暮里・舎人ライナーの自動改札機は利用できない。なお、2008年3月29日までは「都電・都バス・都営地下鉄一日乗車券」として発売されたが、同日までに発売された前売り券でも日暮里・舎人ライナーの利用が可能となっている。 上記の「都営まるごときっぷ」の利用路線の他に東京メトロ全線やJR東日本の東京都区内全線も利用できる「東京フリーきっぷ」が大人1,580円・小児790円で発売されている。前売り券(購入日から半年間のうち1日に限り有効)のみの発売で、上記の「都営まるごときっぷ」の発売箇所の他に東京メトロ定期券売り場(西船橋駅を除く)やJR東日本の23区内の駅のみどりの窓口にて発売されているが、都営バス車内での発売は行っていない。但し、磁気化されていないため、自動改札機は利用できない(JR東日本発売分は2008年4月より様式を変更し、自動改札機が通れるようになっている。)。 バス共通カードも運転手から購入できる。 車内で発売される乗車券などは現金のみの支払いで、バス共通カード・回数券などは利用できない。但し、後述のIC一日乗車券に限りPASMO・SuicaのSF残額から乗車券の料金を差し引く。 2008年現在、3券種の金券式回数券が定期券売り場で発売されている。割引額はバス共通カードと同じだが、こちらは都営バスでしか使用できない。なお、2008年6月30日までは更に4券種が発売されていた。 23区内通勤定期券(1か月9,000円・3か月25,650円)は持参式のため、購入者名が記載されていても乗車時に持参人1名が利用できるため、購入者から定期券を貸与して乗車する事もできる(通常の乗車券は貸与すると不正乗車になる。なお、通学定期券はその性格上記載者しか利用する事ができない。)。また、1か月と5日間有効で1万円の「定額定期券」も発売している(こちらも持参人式を採用)。また、都営バスと都営地下鉄・都電・日暮里・舎人ライナーを乗り継ぐ連絡定期券はそれぞれの運賃が10%割引となる。これは都バスの車内でもアナウンスされている。 なお、定額定期券は当日使用開始のものであればバス車内でも発売している他、多摩地区では定期券の発売箇所が非常に少ないため、定期券の車内予約販売を行っており、購入用紙に記入して運転手に渡すと指定の日時の便で代金と引き換えに定期券を発売する。 2000年12月12日から、都営バス間の乗り継ぎのために都営バス専用乗継割引カードを2,000円で発行している。都営バス間を乗り継ぐ際、最初の運賃支払い時(都区内は乗車時、多摩地区は降車時)から2回目の運賃支払いが90分以内であれば2回目の運賃が100円引き(小児・割引運賃対象者は50円引き)になる。PASMO・Suicaでも乗り継ぎ時に同様の割引が適用される。なお、都電でも使用できるが、都営バスからの乗り継ぎ割引は適用されない。 2006年10月25日から、都営地下鉄と乗り継ぎする場合に限り定期乗車券をクレジットカードでも購入できるようになった(但し発売場所は都営地下鉄の定期券売り場に限る)。 2007年3月18日より全線でPASMOのサービスを開始すると共に、Suicaでも都営バスに乗車できるようになった。都営バスではバス利用特典サービスの他にIC定期券、乗継割引(都営バス専用乗継割引カードと同様のサービス、前述)、23区内のみ有効のIC一日乗車券(SFより乗車券の料金を差し引き、乗車時IC読み取り機にタッチする事によって利用する事が可能。)のサービスを行っている。なお、PASMOやSuicaで利用した場合、履歴には「都電都B」と表示・印字される。 多摩地区では「東京フリーきっぷ」「東京都シルバーパス」「乗継割引カード」「都営まるごときっぷ」でも乗車できる。但し、23区内の定期券及び「都営バス23区内一日乗車券」はエリアが23区内のみのため乗車できない。また「上畑」と「下畑」の停留所は埼玉県飯能市内に位置するため、両停留所を相互発着となる場合は東京都シルバーパスでは利用できず、別に普通運賃が必要になる。 かつて運行していた2階建てバスは台東区と江戸川区からの受託運行だったが、定期券類や一日乗車券類は使用できなかった(2000年12月11日まで運行していた深夜中距離バスも同様)。また、2000年春から2004年春まで運行していた快速バス(東京駅~お台場間)も運行開始当初は定期券類や一日乗車券類が使用できなかったが、後の経路変更に伴い使用できるようになっていた。 江東区コミュニティバス「しおかぜ」は現金か専用回数券のみ利用できるため、バス共通カード・PASMO・Suicaや一日乗車券類・定期券類などで乗車する事はできない。