美しい星 (三島由紀夫)

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美しい星』(うつくしいほし)は、三島由紀夫の長編小説。1962年(昭和37年)、文芸雑誌『新潮』1月号から11月号に連載され、同年10月20日に新潮社より単行本刊行された。現行版新潮文庫で重版されている。

長編では1960年(昭和35年)の『宴のあと』と『お嬢さん』、1961年(昭和36年)の『獣の戯れ』に続く作品である。三島37歳、長男が誕生した年の作品である。

三島は1957年(昭和32年)頃からUFO観測に熱中しており、石原慎太郎黛敏郎星新一らも所属した日本空飛ぶ円盤研究会(JFSA)に入会し、北村小松と二人で自宅の屋上で円盤観測を実施していた。。

『美しい星』は、三島文学の中では異色のSF的な設定、空飛ぶ円盤としてのUFO宇宙人を用いた作品であり、宇宙から見た人間という視点で書かれている。表面的には当時の東西冷戦時代の核兵器による人類滅亡の不安・世界終末観を表現したものといえる。

作中後半の、人類滅亡を願う宇宙人と、滅亡の危機を救おうとする宇宙人との論戦が読みどころとなり、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の大審問官的会話を意識して書いたことが、三島の創作ノートに記されている[1]

あらすじ

夜半過ぎ、埼玉県飯能市の旧家・大杉家の家族四人が町外れの羅漢山に出かける。彼らはいずれも地球の人間ではなく、父・重一郎は火星、妻・伊余子は木星、息子・一雄は水星、娘・暁子は金星から飛来した宇宙人だと信じていた。各人とも以前、空飛ぶ円盤を見て自らの素性に目覚めていたのである。その日、円盤が来るとの通信を父が受けたのだが、円盤は出現しなかった。しかし一家は自らが宇宙人であることを自負しながら、その素性を世間に隠し、水爆の開発によって現実のものとなった世界滅亡の危機、核兵器の恐怖から人類を救うために邁進し始める。

重一郎は、破滅へと滑り落ちていく世界の有様を予見するとともに、その責任を自分一人が負わなければならないと考えていた。「誰かが苦しまなければならぬ。誰か一人でも、この砕けおちた世界の硝子のかけらの上を、血を流して跣足(はだし)で歩いてみせなければならぬ」と重一郎は思いつめていた。重一郎は「宇宙友朋(UFO)会」を作り、各地で「世界平和達成講演会」を開催して回る活動を始める。娘・暁子もソ連フルシチョフ共産党第一書記に核実験を止めるよう嘆願する手紙を書いたりしていた。

ある日、暁子は文通で知り合った石川県金沢に住む、自分と同じ金星人の青年・竹宮に会いに行く。そして、その時二人で空飛ぶ円盤を見た神秘体験によって、妊娠したことをのちに知るが、暁子は竹宮を地上の人間だと認めず、自分は処女懐胎だと主張し、生む決意をするのであった。

一方、こうした大杉家に対し、宮城県仙台には羽黒真澄助教授をはじめ、羽黒の元教え子で銀行員の栗田、大学近くの床屋の曽根の三人の、白鳥座61番星あたりの未知の惑星からやって来た男たちがいた。彼らはひたすらこの地球の人類滅亡を願い、「宇宙友朋(UFO)会」の重一郎を敵視していた。彼らもまた、円盤を見てから自分たちが宇宙人であると自覚し団結を強め、人間を滅ぼすことを使命をかけていた。

衆議院議員の黒木克己の人望に惹かれ、彼の私設秘書となっていた一雄は、黒木と繋がりがあった羽黒助教授ら仙台の三人を出迎え、東京案内をする。そして黒木もまじえた接待の席で父・重一郎のことに話題がのぼり、一雄は父が火星から来た宇宙人であることをはっきり言ってしまう。

羽黒助教授ら仙台の三人が大杉家を訪問して来た。彼らと重一郎は、人間の宿命的な欠陥である三つのゾルゲ(関心)、その行動、不完全さなどについて激しい論戦を戦わせる。羽黒は、人間は不完全だから滅ぼしてしまうべきだと主張するのに対し、重一郎は、人間は不完全であり、人間の美点である「気まぐれ」があるから希望を捨てないと主張する。そして、人間が救われるためには人間それぞれが抱いている虚無や絶望が、「生きていること自体の絶望」を内に包み、「人間が内部の空虚の連帯によって充実するとき、すべての政治が無意味になり、反政治的な統一が可能になり、のボタンを押さなくなる」と重一郎は主張した。なぜなら、その空虚の連帯は、「母なる虚無の宇宙の雛型」であるからと力説する。しかし羽黒らも負けずに激しく反論し、重一郎に暴言を吐きながら異論をまくし立てる。

激しい議論の後、重一郎は倒れ入院するが、手遅れの胃がんであることが判明する。そして、そのことを知ってしまった重一郎は苦悩の末、宇宙からの声を聞く。その通信に従い、重一郎は家族に出発の準備を指示し、病院の消灯時間に抜け出た。一雄が、「われわれが行ってしまったら、あとに残る人間たちはどうなるんでしょう」と問うと、重一郎は渋谷界隈の雑踏を眺めながら、「何とかやっていくさ、人間は」とつぶやく。やがて、一家は東生田の裏手の丘へ向かい、あざやかな橙色にかがやく円盤がやって来ているのを見い出す。

登場人物

大杉重一郎
52歳。無職。埼玉県飯能市の邸に妻と一男一女と居住。先代は飯能一の材木商。実利家の父から罵られ、劣等意識に苛まれた青年期をすごし、温和なやさしい芸術に救いを求めて育った。道楽に短期間教鞭をとったことはある他は、知的な職業に携わったことはないが、眼鏡をかけた面長の、知的選良の重みのある顔立ち。空飛ぶ円盤を見て以来、火星人である自分の使命に目覚める。「宇宙朋友会」で活動。
大杉伊余子
重一郎の妻。平凡であたたかい顔立ち。夫に続き、自分も円盤を見て木星人と自覚する。家族の中では一等平板な感受性と古風な堅実さ。地上の稔りの多い穀物を愛する。
大杉一雄
重一郎の息子。A大学の学生。母似で鋭さのない、物事を信じやすい顔立ち。円盤を見て水星人と自覚してから、地上の恒久平和を維持すべき清浄きわまる権力を夢みて、政治家を目指す。一家の自家用車・51年型のフォルクスワーゲンの運転を担当。
大杉暁子
重一郎の娘。一雄の妹。学生。白い細面の美しい顔立ち。円盤を見て金星人と自覚してから、ますます気品と冷たさが増し美しくなる。文通相手の竹宮の子を身ごもる。
村田屋のおかみ
大杉一家が食料品などを買いに来る雑貨屋のおかみ。で大損をし、裕福な大杉家の人々を妬んでいる。愛想よく応対しながら、質の悪い品を暁子に売るように店員に命じる。
太郎
村田屋の少年店員。ニキビだらけの汚い顔。叶わぬ恋の絶望で、美しい暁子に売る品をごまかすことに生甲斐を感じる。
重一郎の高等学校時代の級友たち
東西電機の総務部長で俳句の素養のある里見。大日本人絹の取締役の前田。がみがみ屋の弁護士の榊。銀座の有名な呉服屋の主人で見事な丸禿げの大津。大蔵省の政務次官の玉川。
竹宮薫
白い肌に濡れたような黒い髪で、憂いを帯びた眼差しの美青年。をやっている。石川県金沢市に居住。「宇宙朋友会」通信で、同じ金星人の暁子と知り合い文通する。実は竹宮は偽名で、川口薫という女たらし。
金沢の宿の内儀
半ば白髪で小肥り。竹宮とは謡を通じて知り合った。実は竹宮の女の一人。
駐在の巡査
村田屋のおかみから、大杉一家が麻薬共産党組織だという通報を受け、本署の公安係の巡査と近所に聞き込みをする。
高橋六郎
飯能市警察署公安部の巡査。調査のために大杉家を訪問。
M区公会堂の事務員
初老の受け口の汚れた唇。口臭がある。
若い衆
M区公会堂で行なわれた区長の葬儀の後片付けの若者。暁子に銀の造花の芙蓉を渡す。
羽黒真澄
45歳。独身。宮城県仙台市にある大学の万年助教授。法制史を講じている。ひよわな体つきの蒼白い顔で、髪は饒多。まん丸の眼鏡をかけている。人の心を惹くような特徴はなく、野暮な風采。曽根と栗田と一緒に空飛ぶ円盤を見て以来、白鳥座61番星から来た宇宙人である自分の使命に目覚め、人類滅亡を企む。青葉城下の米軍キャンプ跡の公務員住宅に居住。
曽根
大学北門前の、羽黒が行きつけの床屋。小肥りしていて、丸まっちい衛生的な指をしている中年男。声が大きい。他人の噂話が好きで、芸能人のスキャンダルをよく知る。ひとり頷いたり、「ぷぷっ」と唇の音を立てて唸る癖がある。家族は、40歳の妻・秀子と、中学2年の長女と小学5年の次女、小学3年の長男と1年の次男。人類は憎んでいるが、自分の妻子だけは愛している。
栗田
羽黒の元教え子。去年大学を卒業してS銀行に勤めている。醜い顔の大男の青年。若林区保春院近くの三百人町に居住。曽根の床屋の常連。女にもてず、女の滅亡、人類滅亡を夢みる。
有名俳人
去年、東京から羽黒のいる大学へ講演に来て、たまたま曽根の店に立ち寄り、羽黒と栗田と曽根と大年寺山での吟行の約束をしたが、当日黙って約束をすっぽかす。その日羽黒ら三人は薔薇園で空飛ぶ円盤を目撃し、人類滅亡の使命で連帯する。俳人はその二日のちに帰京の途中に脳卒中で頓死。
宝部文子
二年前に、栗田の近所の五百人町に住んでいた28歳の身持ちの悪い出戻りの美人。別れた夫のもとに子供がいる。栗田が肉体関係を迫っても拒絶していた。文子は痴情のもつれで道路工夫に殺害された。
産婦人科医
若い医師。暁子に妊娠を告げる。妊娠を喜ぶ暁子にたじろぐ。
核実験反対会議の委員
抜け目ない風貌の二人の有名学者。剃り跡の青い長い顎の学者と、厚い眼鏡の学者。庶民的芸術や思想に思し召しを寄せ、世間で人気のある者を、自分たちの陣営に引き入れようとしている。大杉家を訪問。
明治ホテルの主人・竹宮
金沢市で竹宮(川口)薫が使用していたアパート兼用ホテルの主人。
黒木克己
50歳くらい。青年層に人気のある保守政治家。衆議院議員。痩せて鋭利な風貌をし、運動で鍛えた若い体。日本人にしては小さな頭。華麗な演説の才能があり、鋭い顔に漂う甘い微笑で人の心を掴む。世田谷区に居住。宮城県にある反日教組の牙城・旦々塾の拡張の際、土地の入会問題で住民と揉めた件で仲介解決した羽黒教授と知己となる。のちに新党を結成する。
大島商事の専務
黒木に政治資金を出している。一雄は黒木の私設秘書となり、大島商事の準社員の名目で、月給を貰う。
貧しい代議士
黒木の子分。妻が病気で入院している。黒木は大島商事から受け取った30万円を、この子分にくれてやる。
黒木夫人
黒木の妻。
赤坂の料理屋の女中
黒木の行きつけの料理屋の女中。瞼が屋根庇のように突き出した白くむくんだ顔。

作品評価・解説

本作は、水爆によってもたらされた人類滅亡の危機を踏まえて発想されており、『鏡子の家』のニヒリスト・杉本清一郎の考え方の発展が、主人公・大杉重一郎で、杉本清一郎の思想のもう一歩先の展開が大杉重一郎だと見ることもできるという。

奥野健男は文庫解説(1967年初版)で、ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』の大審問官のくだりを引き合いに出し、「作者は政治を、文明を、思想を、人類を、すべて自己の宇宙の中に入れこみ、小説化しているのだ。文学の営為とは元来こういうものではなかったか。政治や思想の状況の中で文学を考えていた従来の小説と違い、自己の文学世界の中で政治や思想を考える。(中略)これは政治と文学のコペルニクス的転回である。(中略)思想と美、この二つの主題がフーガのごとく協奏され、作品の緊張はたかまり、(中略)昇天して行く」結末となると述べ、「『美しい星』は、日本における画期的なディスカッション小説であり、人類の運命を洞察した思想小説であり、世界の現代文学の最前列に位置する傑作である」と高い評価をしている。完全なフィクションでありながら、むしろそのことで三島の思想、政治観、文明観、人間に対する距離感、離人感などがあらわされる皮肉な結果となっている。

暁子に代表される大杉家の家族は、三島の中にずっと育まれていた“現実を許容しない詩”を生き、ついにそれを現実として認めさせてしまう。政治小説としての『美しい星』の意義は、非政治的な詩の世界を生き抜くことで現実という名の「政治」と対抗せざるをえなくなったことを、非政治的な世界の側から描いたところにあり、この作品が、三島の自刃への序章の一端を担っているという見方もある。

金星人の美少女・暁子が、同じく金星人と信じている美青年・竹宮に会うため金沢市を訪れるが、金沢藩では、人々の生活に謡曲が深く浸透していると書かれている。竹宮は、自分が金星人であることの端緒をつかんだのは、『道成寺』の披キでからである、と暁子に語る場面があるが、能舞台が金星の世界に変貌する様が鮮やかに描かれている。

岡山典弘は、三島が13歳の時、初めてを観たのが、金沢出身の母方の祖母・橋トミだったことに触れている。また、金沢駅香林坊犀川武家屋敷尾山神社兼六公園浅野川卯辰山、隣接する内灘などが描かれているが、卯辰山には、かつて三島の祖父・橋健堂が教鞭をとった「集学所」が設けられていたという。

安部公房は、自身の好きな小説のアンソロジーの中に、『美しい星』を挙げている。そして本作について、暁子を誘惑する竹宮が耽美的な美の権化のような存在でも、大杉一家の意志には、爪跡ほどの傷も残さないことから、円盤によって象徴される美は決して耽美主義的な閉鎖的なものではないことが示されていると解説している。また、主人公の大杉重一郎が、親の遺産でやっと食いつないでいる無力な没個性的な小市民でなければならなかった理由として、「美を感性的なものから、思想的なものにするためには、善の宇宙人一家に、ほかのいかなる属性があっても困るのだ。その存在理由の希薄さゆえに、この宇宙人の思想は、かえってのっぴきならない普遍性を獲得することになる」と述べている。

細江英公は、「三島さんの作品はいずれも好きだが、とりわけ『美しい星』は今までとはまったく異なる不思議な世界を描いていて、ただならぬ戦慄を感じたことを覚えている。そして、氏が割腹自決したときに書き残した檄文をみて、私はとっさにこの小説を思い浮かべた。そしていま改めて読み返してみるとこの小説は、核爆弾という究極の大量破壊殺戮兵器をつくってしまった20世紀の人類への『哀れみの書』ではないかと思う」と述べている。

九内悠水子は、空飛ぶ円盤が飛来する地の東生田が、かつて陸軍の科学研究所・登戸研究所(戦後GHQにより、取引・封印された場所)があったことや、暁子が見た円盤飛来の地・内灘村で、内灘闘争のことを想起する場面を取り上げ、本作の円盤飛来地が、戦争と占領という歴史が忘却された地であり、空虚な日本の姿の象徴として示されていると解説している。また、三島が、明治天皇の御幸によって改められた「天覧山」とせずに、あえて「羅漢山」と記したことについては、三島が天皇制のゆらぎの始まりを明治時代からと見ていた点と関連させながら、論考している。さらに九内は、大杉一家の自家用車がフォルクスワーゲンであることに注目し、三島がヒトラーの国民車構想を知っていたことに触れながら、実は、宇宙人であるという優越感で大衆に対峙しようとしていた大杉一家こそ、マイカーブームを先取りする大衆でもあったというアイロニーが秘められていると述べ、三島が大衆化の危機に芸術家もまた晒されていることを対談の中で語っていたことも合わせ論じている。

テレビドラマ化

ゴールデン劇場『美しい星』(東京12チャンネル
1964年(昭和39年)8月17日 - 21日(全5回) 平日 20:00 - 20:30
脚色:田村孟。演出:真船禎
出演:宮口精二南美江三上真一郎寺田路恵渡辺文雄日下武史戸浦六宏松木悟朗中村是好、ほか

ラジオドラマ化

日曜名作座『美しい星』(NHKラジオ第一
1975年(昭和50年)5月25日 - 6月15日(全4回) 毎週日曜日 21:30 - 22:00
脚色:能勢紘也。音楽:古関裕而
出演:森繁久弥加藤道子

舞台化

ピーチャム・カンパニー『美しい星』
2012年(平成24年)11月12日 - 20日 The 8th GalleryCLASKA 8F)
構成・演出:川口典成。美術:大泉七奈子。照明:榊美香。音響:筧良太。映像:浦島啓(puredust)。
演出助手:児玉華奈大原優。舞台監督:西廣奏。制作:森澤友一朗
出演:堂下勝気八重柏泰士岩崎雄大平川直大日ヶ久保香松本力角北龍末吉康一郎佐藤晴彦田渕正博蓬莱照子
フェスティバル/トーキョー12 公募プログラム参加作品。平成24年度芸術文化振興基金助成対象公演。

脚注

  1. 「美しい星」創作ノート参照。

関連項目