「三菱リコール隠し」の版間の差分

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{{Otheruses|2000年の三菱自動車工業のリコール隠し|2004年の三菱ふそうトラック・バスのリコール隠し|三菱ふそうリコール隠し}}
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'''三菱リコール隠し'''(みつびしリコールかくし)は、[[2000年]]に発覚した[[三菱自動車工業]](三菱自工)の[[乗用車]]部門および[[貨物自動車|トラック]]・[[バス (交通機関)|バス]]部門(通称"三菱ふそう"、現在の[[三菱ふそうトラック・バス]])による大規模な[[リコール (自動車)|リコール]]隠し問題をいう。
  
'''三菱リコール隠し'''は[[2000年]]に発覚した[[三菱自動車工業]]の乗用車部門とトラック・バス部門(通称三菱ふそう、現在の[[三菱ふそうトラック・バス]])による大規模な[[リコール (自動車)|リコール]]隠しを指す。
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その後も、[[2004年]]にトラック・バス部門の更なるリコール隠しが発覚。乗用車部門も再調査され、[[国土交通省]]によると2000年時点の調査が不十分だったことが判明した。これが決定打となって三菱自工・三菱ふそうはユーザーの信頼を失い販売台数が激減、当時筆頭株主であった[[ダイムラー・クライスラー]]から資本提携を打ち切られるなどの深刻な経営不振に陥ることとなった。
  
その後、トラック・バス部門の更なるリコール隠しが2004年に発覚。乗用車部門も再調査され国土交通省によると2000年の調査が不十分だったことが判明し、会社の存続の危機に遭遇している。しかしながら、事件後に発表した[[三菱・アウトランダー|アウトランダー]][[三菱・i|アイ]]などが一定の評価を受けており、徐々にではあるが信頼を回復しつつある。
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[[企業倫理]]の問題として、[[自動車産業|自動車業界]]とは異業種ではあるが、[[タイレノール#1982年タイレノール殺人事件|タイレノール殺人事件]]([[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]製品への[[毒物]]混入事件)における迅速な対応などと対比されることもある。
  
この事件は[[企業倫理]]の問題としては自動車業界とは異業種ではあるが[[松下電器産業]]のFF式石油温風機の欠陥問題や[[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]の毒物混入事件における速やかな対応などとの対比で語られることもある。ただし、この事件は消費者軽視傾向が強いため、[[雪印牛肉偽装事件]]や[[東京放送|TBS]]の[[東京放送#報道における問題点|不祥事連発&マンネリ化]]などに近いともいわれている。
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また、[[空飛ぶタイヤ|本事件を基にした小説]]が出版された。
  
==概要==
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== 概要 ==
2000年に発覚した大規模な三菱自動車工業のリコール隠しで市場の信頼を失い、再建途中にあったが、[[2003年]]に発生した系列会社の[[三菱ふそうトラック・バス]]の大型車のタイヤ脱落事故について、構造上の[[欠陥]]およびリコール隠しの疑いが濃いことが明るみに出るにつれ、[[2004年]][[4月22日]]に筆頭株主である[[ダイムラー・クライスラー]]は財政的な支援の打ち切りを発表した。これを受けて2002年6月から三菱自動車工業の[[最高経営責任者]](CEO)を務めているロルフ・エクロート社長は辞意を表明している。
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[[2000年]][[平成]]12年)[[7月18日]]までに、当時販売台数ベースで[[トヨタ自動車]][[日産自動車]][[本田技研工業]]に次ぐ乗用車国内シェア4位の自動車メーカーであった[[三菱自動車工業]](三菱自工)が、[[1977年]]([[昭和]]52年)から約23年間に亘り、10車種以上(最初の届け出だけでも[[三菱・ランサー|ランサー]]、[[三菱・ギャラン|ギャラン]]、[[三菱・パジェロ|パジェロ]]、[[三菱・パジェロイオ|パジェロイオ]]、[[三菱・デリカスペースギア|デリカスペースギア]]など乗用車系で6件約45万9,000台、大型・中型トラックで3件約5万5,000台)、約69万台にのぼるリコールにつながる不具合情報([[クレーム]])を[[運輸省]](現・[[国土交通省]])へ報告せず社内で隠蔽していた事実が、同年[[6月]]に運輸省[[自動車交通局]]のユーザー業務室になされた[[匿名]]の[[内部告発]]で発覚した。同省によると、三菱自工はユーザーからのクレーム情報を本社の品質保証部に集約、管理していたが、クレーム情報のうち外部に知られたくない物などに「秘匿」の意味でHマークを付けて区分し、同省の定期検査ではH区分のクレームを提示していなかった。この区分による仕分けは1977年から行われ、同社が[[コンピューター]]によるクレーム処理システムを導入した[[1992年]](平成4年)以降は電算処理で分類していた。その一方で、リコール制度発足から30年以上に亘って、運輸省に欠陥を届け出ずにユーザーに連絡して回収、修理する「ヤミ改修」も行われていた。リコールの案件は、「ランサーなどでエンジン関連部品のクランクシャフトのボルトに欠陥があり、エンジンが停止する」「ギャランなどで燃料タンクのキャップが壊れ燃料が漏れる」など<ref>『[[中日新聞]]』2000年[[8月22日]] [[夕刊]]1面1頁 「三菱自 リコール隠し23年 欠陥パジェロで事故も」</ref><ref>『中日新聞』2000年[[7月19日]] 朝刊社会面27頁 「三菱自工リコール隠し ユーザー苦情 届け出怠る 欠陥対象は69万台」</ref><ref>『中日新聞』2000年[[7月26日]] 夕刊第2社会面12頁 「三菱自 53万台リコール 社長、苦情隠ぺい認める」</ref>。一連のリコール隠しにより欠陥車を放置した結果、同年6月には[[熊本市]]内でブレーキの欠陥によりパジェロがワゴン車に追突、ワゴン車に乗っていた2人が首に2週間の怪我をする人身事故が発生している。このリコール隠し事件の責任を取り、当時の[[代表取締役]][[社長]]であった[[河添克彦]]が同年8月28日に引責辞任する意向を固め<ref>『中日新聞』2000年8月28日 夕刊 1面1頁「三菱自・河添社長辞任へ リコール隠しで引責」</ref>、[[9月8日]]の正式発表<ref>『中日新聞』2000年9月8日 朝刊1面1頁「三菱自 河添社長が辞任を表明」</ref>を経て[[11月1日]]付で辞任した<ref>『中日新聞』2000年11月1日朝刊経済1面8頁「新社長登板2000 三菱自動車工業 園部孝氏(59) 気合入れ信頼回復」</ref><ref>[http://response.jp/article/2000/08/28/3858.html リコール隠し引責、三菱河添社長がついに辞任 | レスポンス]</ref>。
  
2004年[[5月6日]]に大型車のタイヤ脱落事故で三菱ふそうトラック・バス前会長の宇佐美隆ら7人が[[神奈川県]][[警察]]本部などに[[逮捕]]された。同日、[[国土交通省]]は三菱ふそう前会長の宇佐美隆ら5人と法人としての三菱ふそう・三菱自動車を神奈川県警察本部に告発した。さらに、[[6月10日]]には別の事故で河添克彦元社長・宇佐美隆三菱ふそうトラック・バス前会長ら7人が神奈川県警察本部・[[山口県]]警察本部などに逮捕された。
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また、同年[[8月27日]]には[[警視庁]]交通捜査課などが[[道路運送車両法]]違反の疑いで三菱自工本社や岡崎工場([[愛知県]])など5ヵ所を家宅[[捜索]]した<ref>[http://response.jp/article/2000/08/28/3857.html ついに! 三菱リコール隠しで強制捜査 | レスポンス]</ref>。
  
そのため、以下の制裁措置を受けている。
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[[東京地方検察庁]]は翌[[2001年]][[4月25日]]、[[1999年]]の運輸省の立入検査で約10,300件の不具合情報を隠したとして、三菱自工の[[宇佐美隆]]副社長らを道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で[[書類送検]]した。副社長らは[[5月8日]]、[[東京簡易裁判所]]から[[罰金]]20万円、法人としての三菱自工も同40万円の[[略式命令]]を受けた。この時点で、国土交通省から全ての欠陥情報を開示するよう求められたが、[[1997年]]以前の情報を隠し、[[クラッチ]]や[[ハブ (機械)|ハブ]]の欠陥対策をとらなかった<ref>[http://plus.yomiuri.co.jp/article/words/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%9A%A0%E3%81%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6 三菱自動車リコール隠し事件 | ニュースクリップ [読売新聞<nowiki>]</nowiki>]</ref>。
*国土交通省 - 1週間に1回の報告義務。車両の入札における指名停止。型式審査の厳格化。
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*[[警察庁]] - 車両の入札における指名停止。
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その他、[[岐阜県]][[京都府]]、[[岡山県]][[さいたま市]]、[[倉敷市]]以外の一部の自治体と地方公共団体も車両の購入を禁止する処分を発動している。
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その後、延べ4000人以上を動因して販売会社に残っていた過去全ての不具合記録を分析(国土交通省などの指示によるものではなく、自主調査)。1998年以前の100件以上の欠陥を発表した。なお、2000年以降乗用車ではリコール隠しや闇改修は行われていなかった。
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このリコール隠しで三菱自工は[[市場]]の信頼を失い販売台数が急減し、三菱ふそうの[[最高経営責任者]](CEO)に資本提携先の[[ダイムラー・クライスラー]]からロルフ・エクロートを迎え入れて経営再建途中にあったが、[[2002年]]に発生した[[子会社]]の[[三菱ふそうトラック・バス]]([[2003年]]に三菱自工からトラック・バス部門を分社化)の大型車([[三菱ふそう・ザ・グレート|ザ・グレート]]、[[三菱ふそう・スーパーグレート|スーパーグレート]]、[[三菱ふそう・エアロエース|エアロエース]]、[[三菱ふそう・エアロクィーン|エアロクィーン]]、[[三菱ふそう・エアロスター|エアロスター]]、[[三菱ふそう・エアロキング|エアロキング]]など)の[[タイヤ]]([[ホイール]])脱落事故について、構造上の[[欠陥]]およびリコール隠しの疑いが濃いことが明るみに出るにつれ、[[2004年]][[4月22日]]には三菱自工の筆頭株主であったダイムラー・クライスラーが財政支援の打ち切りを発表し、三菱自工の社長に就任していたエクロートが任期を待たずして[[4月26日]]限りで辞任した。
  
2006年9月にはユーザーから寄せられた不具合情報を共有可能とする新品質情報システムの導入を発表した。これにより、不具合の原因究明における統計分析の迅速化や、販売会社での修理手順・見積もりの照会などが可能だとしており、品質改善のスピードアップを図るとしている。[http://www.mitsubishi-motors.co.jp/pressrelease/j/corporate/detail1519.html]
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同年[[5月6日]]、大型トレーラーのタイヤ脱落事故(後述)で三菱ふそう前会長の宇佐美や元常務ら7人が[[神奈川県警察]]に[[逮捕]]され<ref>『中日新聞』2004年5月6日 夕刊1面1頁「ふそう前会長ら7人逮捕 タイヤ脱落 ハブ欠陥隠ぺい 虚偽報告と業過致死傷 三菱自元常務も」</ref>、同月27日に[[横浜区検察庁]]・[[横浜地方検察庁]]は宇佐美ら5人と法人としての三菱自工を起訴した<ref>『中日新聞』2004年5月28日 朝刊社会面 31頁「脱輪死傷事故 三菱ふそう前会長ら起訴 虚偽報告『極めて悪質』」</ref>。さらに、[[6月10日]]には別の事故で三菱自工の河添元社長や宇佐美ら元役員6人が、神奈川県警察・[[山口県警察]]などに逮捕された<ref>『中日新聞』2004年6月11日 朝刊1面 1頁「三菱自・河添元社長を逮捕 クラッチ欠陥隠ぺい 業過致死容疑 元役員5人も 神奈川・山口県警」</ref>。
  
2006年12月13日には、[[簡易裁判所|横浜簡易裁判所]]で行なわれた刑事訴訟にて、過去の報告うち9件は虚偽と認めたが、犯罪として証明できないとして無罪判決が言い渡されている。
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一連の不祥事により、三菱自工及び三菱ふそうは以下の制裁措置を受けた。
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* 国土交通省 - 1週間に1回の報告義務、車両の[[入札]]における[[指名停止]]、型式審査の厳格化<ref>[http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/09/090511_.html 三菱ふそうトラック・バス(株)に係る厳格な自動車型式審査の実施について(国土交通省)]</ref><ref>[http://www.47news.jp/CN/200411/CN2004113001000969.html 対策不十分なら認証せず 車の型式審査で中間報告]([[47NEWS]])</ref>
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* [[警察庁]] - 車両の入札における指名停止
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その他、[[岐阜県]]・[[京都府]]・[[岡山県]]・[[さいたま市]]・[[倉敷市]](いずれも三菱自工・三菱ふそうの事業所がある)以外の一部の自治体も車両の購入を禁止した。
  
==[[偏向報道]]とバッシング==
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その後、延べ4,000人以上を動員して販売会社に残っていた過去全ての不具合記録を自主的に分析し、[[1998年]]以前の100件以上の欠陥を発表した。なお、[[2000年]]以降、乗用車ではリコール隠しや闇改修は行われていなかった。
今回の事件以降、交通事故に関する報道では他社製品の場合はメーカー名・車名を伏せている場合が多いが、三菱自動車の場合では原因が特定できない段階にも関わらず、記事タイトルに「三菱車が事故」などと三菱自動車の製品であることを強調し面白おかしくした報道も多く、[[週刊誌]]マスメディアの過剰なバッシングが多々見られる。
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*例:[[2004年]]12月9日に発生した、[[小田急小田原線]]の踏切で発生した列車と自動車の衝突事故
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[[2006年]][[9月]]にはユーザーから寄せられた不具合情報を共有可能とする新品質情報システムの導入を発表した。これにより、不具合の原因究明における統計分析の迅速化や、販売会社での修理手順・見積もりの照会などを可能とし、品質改善の迅速化を図っている<ref>[http://www.mitsubishi-motors.co.jp/pressrelease/j/corporate/detail1519.html mitsubishi-motors.co.jp]</ref>
:事故に遭遇した車両([[三菱・ディオン|ディオン]])は2004年当時、リコールの対象ではなかったが、地方紙までもが「三菱自動車のリコール対象車」であると大きく報じ、リコール隠しとの関連性を示唆する憶測報道を展開した。しかし、事故原因はドライバーの操作ミス(踏切待ちの間に運転手がDレンジに入れたまま運転席を離れ、車両が踏切に進入した模様)であったことが後に判明した。その後、正確な事故原因について報じる媒体はごく少数で、「リコール隠しによる事故」と報じたままの媒体が多くを占めた。
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*2004年度以降、三菱以外のメーカーも大量のリコールを出している(2005年度は566万台、うち三菱自動車は全体の10%)。
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**部品の共通化によるリコール台数の増加とも言われるが、本問題発覚以降各社のリコールに対する姿勢の変化もあると言える[http://toyota.jp/recall/2006/0516.html][http://toyota.jp/recall/2006/0530.html][http://www.honda.co.jp/recall/060614_1681.html]
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*リコール発表を報じる報道では、他社製品についてはリコール内容を報じるのみに留まるケースが大半だが、三菱自動車がリコールを提出した場合は、対象製品にのみならず同社の製品全てが欠陥品であると言わんばかりのニュアンスを含んだ偏った報道がなされる場合が多い。
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*車両火災事故については全国で毎年6,000 - 8,000台発生し、1日平均20台以上は事故に遭遇しているにも関わらず、今回の事件に便乗して三菱車の車両火災ばかりを特定して報道する姿勢が見られた。
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*メディアの報道ではタイヤが脱輪した車を「三菱製トレーラー」と記述されているものが多いがこれは誤記で「三菱製トラクタ」と呼ぶのが正しい。三菱自動車・三菱ふそうではトレーラーは製造されていない。このように所々にメディアの無知による誤報も数多く見受けられた。
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==略年表==
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本事件は[[刑事裁判]]となり、全てが三菱自工および三菱ふそう側の[[有罪]]で確定した。
*[[2000年]][[7月]] 三菱自のクレーム隠し事件が発覚、河添氏が社長職を辞任。このときの調査対象は過去2年間のみとしたため、それ以前の問題には手をつけられなかった。
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*2000年11月 河添の後任に同社の園部孝(そのべ たかし:故人)が社長に就任(後に[[2002年]][[6月]]から園部氏が亡くなる[[2003年]][[10月29日]]まで会長職)。
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*[[2004年]]5月27日 横浜区検・地検が道路運送車両法違反(虚偽報告)などの罪で、三菱ふそうトラック・バスの宇佐美隆・前会長ら5人を起訴
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*2004年6月2日 三菱自動車が乗用車で「ヤミ改修」があったことを発表。延べ4000人以上を動員して[[1979年]]以降のデータを全て自主的に調査し、発表した。
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*2004年6月10日 河添克彦三菱自工元社長を逮捕。
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*2004年6月14日 新たに43件の[[リコール (自動車)|リコール]]を発表。国土交通省の欠陥リークを受けて、1週間後の14日に発表。この欠陥が原因の事故は、人身事故が24件、火災事故は101件。
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*2005年3月30日 三菱自動車は法人として、リコール隠しの主犯である旧経営陣に対し、一連の民事訴訟を提訴。
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*2006年12月13日 [[簡易裁判所|横浜簡易裁判所]]で行なわれた刑事訴訟にて、過去の報告うち9件は虚偽と認めたが、犯罪として証明できないとして無罪判決が言い渡されている。
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==外部リンク==
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===死亡事故===
*[http://www.nomuralaw.com/mitubisi/mitubisi2.html 欠陥隠し被害者法律相談]
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一連のリコール隠しにより、[[2002年]]に2件の死亡事故が発生した。
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==== 横浜母子3人死傷事故 ====
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:[[2002年]][[1月10日]]、[[神奈川県]][[横浜市]][[瀬谷区]][[下瀬谷]]3丁目[[交差点]]付近の[[神奈川県道45号丸子中山茅ヶ崎線|中原街道]]で発生した事故<ref>[http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-01-10/14_01.html 横浜タイヤ脱落母子死傷事故から3年/三菱ふそう 謝罪しつつ無罪主張/利益優先に殺された命]</ref>。
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:[[綾瀬市]]内の[[運送会社]]が所有する[[重機]]を積載して片側2車線の走行車線(事故当時、付近に[[ガードレール]]はなかった)を大型[[トレーラートラック]]の[[トラクター]]([[三菱ふそう・ザ・グレート|ザ・グレート]]、[[1993年]]製)の左前輪(直径約1m、幅約30cm、重量はホイールを含めて140kg近く)が外れて下り坂を約50m転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた[[大和市]]在住の母子3人を直撃。母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った<ref>『中日新聞』2002年[[1月11日]]朝刊社会面39頁「外れたタイヤが直撃 横浜の県道 歩道の母子3人死傷」</ref><ref>[http://www.sozogaku.com/fkd/hf/HB0011010.pdf]</ref>。
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:神奈川県警が車両の検分を行ったところ、事故を起こした車両は[[ハブ (機械)|ハブ]]が破損し、[[タイヤ]]や[[ホイール]]、[[ブレーキドラム]]ごと脱落したことが判明<ref>『中日新聞』2003年[[10月23日]][[朝刊]]1面1頁「横浜のタイヤ直撃死亡事故 三菱自を捜索へ トレーラー製造元 設計など過失の疑い」</ref>。三菱自工製の大型車のハブ破損事故は、[[1992年]][[6月21日]]に[[東京都]]内で冷凍車の左前輪脱落事故が確認されて以降計57件発生し、うち51件で車輪が脱落していた(うち事故車両と同じ1993年製が7割を占めていた<ref>『中日新聞』2004年[[3月11日]]朝刊1面 1頁「タイヤ脱落死傷 三菱自、強度不足を認識 『整備不良』主張覆す</ref>」)。三菱自工側は一貫してユーザー側の整備不良が原因としたが、事故を起こした車両と同じ1993年に製造された三菱自工製のトラックに装着されているハブの厚みが、その前後の型や他社製よりも薄い構造であり、[[ボルト (部品)|ボルト]]を強く締めすぎた場合や、カーブや旋回時に掛かる荷重により[[金属疲労]]が生じ、ハブが破断しやすいことも判明した<ref>[http://response.jp/article/2003/10/17/54806.html タイヤ脱落事故で神奈川県警が三菱ふそうを捜査対象 | レスポンス]</ref>。これを受け、三菱ふそうは[[2004年]][[3月24日]]、製造者責任を認めて国土交通省にリコールを届け出た。さらに同年[[5月6日]]、宇佐美ら5名が[[道路運送車両法]]違反(虚偽報告)容疑で、品質保証部門の元担当部長ら2名が[[業務上過失致死傷]]容疑で逮捕され(5月27日に起訴)、法人としての三菱自工も道路運送車両法(虚偽報告)容疑で刑事告発された<ref>[http://www.sozogaku.com/fkd/cf/CB0011010.html 失敗事例 > 三菱自動車のリコール隠し]</ref>。
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:なお、この事故で死亡した女性の母親が約1億6550万円の損害賠償を求めて提訴した民事訴訟では、2007年9月、会社側に550万円の支払いを命じる判決が最高裁で確定した。このとき、原告の訴訟代理人を担当した[[青木勝治]]弁護士は、損害賠償金を代理人である自分の口座に振り込ませ、遅延損害金を含めた約670万円を預かった。しかし、訴訟当初の約1億6550万円の請求額を基準に報酬額を約2110万円と算定し、「自分が預かっている約670万円と相殺する」と通知して、原告に賠償金をいっさい渡さなかった。2010年6月、横浜弁護士会は、依頼人の原告に過大な報酬を請求したなどとして、同弁護士を業務停止6か月の懲戒処分とした。<ref>[2010年6月2日付 讀賣新聞]</ref>
  
{{Wikipedia/Ja}}
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==== 山口トラック運転手死亡事故 ====
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:[[2002年]][[10月19日]]の深夜、[[山口県]][[熊毛町]](現[[周南市]])の[[山陽自動車道]][[熊毛インターチェンジ]]付近で発生した事故<ref>『[[朝日新聞]]』2002年[[10月21日]] 朝刊山口1面 28頁 「大型トラックの男性が死亡 熊毛町/山口」</ref><ref>『朝日新聞』2004年[[5月21日]] 朝刊 社会面 35頁 「ブレーキ効かず激突 シャフト、配管破損 欠陥クラッチ死亡事故」</ref>。
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:[[鹿児島県]]内の運送会社に勤めていた同県[[国分市]]在住の[[運転手]]の男性(当時39歳)が運転する、[[野菜]]を積んで[[関西圏|大阪]]、[[中京圏|名古屋]]方面へ向かっていた9トン[[冷蔵車]](ザ・グレート)が[[料金所]]を減速なしで通過、インター先で合流する[[山口県道8号徳山光線]]の[[中央分離帯]]も乗り越え、道路脇に設置された歩行者用[[地下道]]の入口構造物に激突した。冷蔵車は大破して男性は死亡した<ref>[http://news.a902.net/a1/2004/0521-4.html 『朝日新聞』2004年5月21日朝刊 1面 1頁「クラッチ欠陥、ブレーキ利かず激突死 事故の詳細判明」]</ref>。
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: 関係者や当時の記録によると、プロペラシャフトの一部の部分が脱落した後、車体側に残されたシャフトが振り子のような異常振動を始めた。料金所へ向かう急な下り坂のS字カーブに入ったとき、振動はさらに激しくなり、シャフトに並行して設置されているブレーキ配管が破壊され、制動不能に陥った。
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:山口県警はこの事故に関して、通常、関西方面に向かう車が熊毛ICで降りることは少ないことから、運転手が何らかの異常を感じ、点検のため高速を降りようとしたのではないかとみて、この事故に関し現場検証を行った。その結果インターの手前約3.4kmの地点に、事故を起こしたトラックから脱落した[[プロペラシャフト]]の一部が発見され、路面には脱落時にできたとみられる窪みも確認された。同県警では整備不良と車両欠陥の両面から捜査を行っていたが原因は不明のままに終わり、死亡した男性が[[道路交通法]]違反(安全運転義務違反)容疑で被疑者死亡のまま送検された。
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:しかし後の2004年になり、[[山口地方検察庁]]は「事故は構造的な欠陥を抱えていたプロペラシャフトが破断し、それがブレーキ系統を破壊したことによって引き起こされた」と最終的に判断し、男性を改めて[[不起訴処分]]とした<ref>[http://response.jp/article/2004/11/05/65286.html 三菱ふそうトラックで死亡した運転手の名誉回復 | レスポンス]</ref>。
  
[[Category:平成時代の事件|みつひしりこおるかくし]]
+
===刑事訴訟===
[[Category:2000年代|みつひしりこおるかくし]]
+
====リコール隠し(道路運送車両法違反)====
[[Category:三菱自動車工業|みつひしりこおるかくし]]
+
:[[2006年]][[12月13日]]、[[横浜簡易裁判所]]は、過去の報告のうち9件は虚偽と認めたが、[[国土交通大臣]]による報告要求がなく国土交通省リコール対策室による要求であり[[犯罪]]成立要件を満たしていないとして、[[無罪]][[判決]]とした。しかし、[[2008年]][[7月15日]]、[[東京高等裁判所]]は、リコール対策室に権限が委ねられており国交相も了承しており犯罪が成立するとしてこれを破棄し、宇佐美ら3人と法人としての三菱自工に対し、それぞれ[[求刑]]通りの[[罰金]]20万円の[[有罪]]判決とした<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080715-OYT1T00289.htm YOMIURI ONLINE] - 三菱自動車・タイヤ脱落虚偽報告、元役員らに逆転有罪判決</ref>。
[[Category:企業犯罪|みつひしりこおるかくし]]
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:[[2010年]][[3月9日]]、[[最高裁判所]]第1小法廷は被告側の[[上告]]を棄却、宇佐美ら3人の有罪が確定した。法人としての三菱自工も、2審有罪判決の上告を行わず有罪が確定している<ref>[http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100312k0000m040060000c.html]三菱自動車:欠陥隠し裁判 ふそう元会長ら有罪確定へ</ref>。
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====横浜母子3人死傷事故([[業務上過失致死傷]])====
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:[[2007年]][[12月13日]]、[[横浜地方裁判所]]は「欠陥の把握は可能だった。放置すれば人に危害が及ぶことも容易に予測できた」と認定し、元市場品質部長と元同部グループ長の両被告にいずれも[[禁固]]1年6月、[[執行猶予]]3年の有罪判決を言い渡した。
 +
:[[2009年]][[2月2日]]、[[東京高等裁判所]]は元市場品質部長と元同部グループ長の両被告にいずれも[[禁固]]1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した地裁判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。判決では、「事故原因を強度不足と断定できなくても、その疑いがあった時点でリコールしていれば2002年の事故も防止できた」として、両被告の[[過失]]を認定した。
 +
:[[2012年]][[2月8日]]、[[最高裁判所]]は上告を棄却し有罪判決が確定した。事故原因については、過去に多数発生した破損事故にハブの摩耗の程度が激しくないものも含まれていたなどとして、「強度不足の欠陥があったと認定できる」とした<ref>[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120210/trl12021020390007-n1.htm]タイヤ脱落死傷で三菱自元部長ら有罪確定へ</ref>。
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====山口トラック運転手死亡事故([[業務上過失致死]])====
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:この事故をめぐり、業務上過失致死罪に問われた件については宇佐美を含む4名は控訴を取り下げ、1審横浜地裁で言い渡された[[禁固]]2年、[[執行猶予]]3年の有罪判決が確定している<ref>[http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008072301000657.html 元ふそう会長も有罪確定 三菱自事故で控訴取り下げ - 47NEWS(よんななニュース)]</ref>。
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:{{要出典範囲|この事故の前、運転手は異音がするとして計3回にわたり[[自動車ディーラー|販売店]]へ申告して点検を要請していたが、これを無視していた。故障後、運転手は無線でブレーキが効かない旨を連呼、インター突破時も料金所職員にブレーキが効かない旨を叫んだという。そのまま[[市街地]]に進入すると他者を巻きこんだ大惨事になることから、自己の生命と引き換えに車を停止させる覚悟をし、道路脇にあった地下道の入口の構造物に突入した。|date=2013年8月}}
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== 略年表 ==
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* [[1990年]]6月 - 大型車で確認できる最初の[[クラッチ]]系統の破損事故が発生。
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* [[1992年]]6月 - 大型車で最初の[[ハブ (機械)|ハブ]]破損事故が発生。
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* [[1996年]]5月 - クラッチ系統についてリコール対策会議が開かれる。欠陥を認識したが、リコールは届け出ず[[2000年]]にかけて「ヤミ改修」を続ける。
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* [[1999年]]6月 - [[広島県]]内でバスのハブが破損し、車輪が脱落。これまでに十数件のハブ破損があったが、元市場品質部長と同部グループ長は対策を怠り、母子死傷事故を引き起こした(2004年5月27日に業務上過失致死傷罪で起訴)。
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* [[1999年]]7月 - [[8月]] - バスの車輪脱落で個別対策会議。運輸省に「整備不良」と報告することを決定。
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* [[2000年]]7月 - リコール隠しが発覚、河添社長が引責辞任。このときの調査対象を過去2年間のみとしたため、それ以前の問題に手が付けられることは無かった。
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* 2000年11月 - 河添の後任に園部孝(故人、- [[2003年]][[10月29日]])が就任。園部は[[2002年]]6月から死去日まで会長職を務めた。
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* [[2002年]][[1月10日]] - 横浜市でハブ破損による母子死傷事故発生(前述)。三菱自工側はトラックの異常は運転者の整備不良だと主張。
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* 2002年1月 - 2月 - 母子死傷事故をめぐる「マルT対策本部会議」が技術的根拠もなく、ハブの交換基準を決定。
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* [[2002年]][[2月]] - 宇佐美ら、国交省に対しハブについて、技術上根拠がないまま「摩耗が0.8mm以上のハブを交換すればタイヤ脱落を防げる」と虚偽の報告(2004年5月27日に起訴)。
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* 2002年[[10月16日]] - 横浜市で[[トラクター]]のクラッチ系統が破損。国交省には「整備不良が関係。多発性なし」と報告。
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* 2002年[[10月19日]] - 山口県熊毛町でクラッチ系統の破損でブレーキが利かなくなった冷蔵車が暴走し、運転手の男性が死亡(前述)。三菱自工側は、トラックの異常は運転者の整備不良だと主張。
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* [[2003年]][[10月24日]] - 母子死傷事故で、神奈川県警が業務上過失致死傷容疑で三菱自工本社などを家宅捜査。[[2004年]][[1月]]にも再捜査。
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* [[2004年]][[3月11日]] - 三菱ふそうの2度目のリコール隠しが発覚。
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* 2004年[[5月6日]] - 三菱ふそうの宇佐美前会長ら7人を神奈川県警が逮捕(後に三菱ふそうの元部長2人については「宇佐美らの指示に従う立場で、関与の程度が低い」として釈放)。
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* 2004年[[5月27日]] - [[横浜区検察庁]]・[[横浜地方検察庁]]が道路運送車両法違反(虚偽報告)などの罪で、6日に逮捕された7人のうち5人と、法人としての三菱自動車を[[起訴]]。
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* 2004年[[6月2日]] - 三菱自工が[[乗用車]]で「ヤミ改修」があったことを発表。延べ4,000人以上を動員して[[1979年]]以降のデータを全て自主的に調査し、発表した。また三菱ふそうも大型車の欠陥問題で29人の処分を発表。
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* 2004年[[6月10日]] - 三菱自工の河添元社長ら元役員6人を業務上過失致死傷の疑いで逮捕。
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* 2004年[[6月14日]] - 新たに43件のリコールを発表。国土交通省への欠陥リークを受けて、1週間後の14日に発表。この欠陥が原因の事故は、人身事故が24件、火災事故は101件。
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* 2005年[[3月30日]] - 三菱自工は法人として、リコール隠し当時の旧経営陣に対し、民事訴訟を提起。
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* 2005年[[4月15日]] - 前年9月届出のリコールに対する再リコールを発表。原因を解明できぬままリコールを実施したため、対策実施済み車に火災事故が4件発生。加えて再リコールに先立つ緊急点検における作業手順の徹底不足による、2件の[[火災]]事故発生が明らかになる。
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==軽自動車エンジンに関する問題 ==
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国土交通省の調査の結果、法律違反はなかったとされたものの、軽自動車エンジン(3G83)のオイル漏れの不具合については、[[2005年]][[2月]]に把握したにもかかわらず、不十分な対応のため[[2010年]][[11月]]から[[2012年]][[12月]]まで4回に渡り、120万台以上のリコールを行うこととなった。詳細は[[三菱自動車・3G83エンジンに関する問題]]を参照。
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==影響==
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* [[2004年]]のリコール隠しにより、[[三菱ふそう川崎硬式野球部]]や[[三菱自動車岡崎硬式野球部]]が一時活動休止に追い込まれた。また、「[[三菱ふそう・エアロミディ|エアロミディ]]」が国交省の制裁措置により一時販売中止となったり、[[TBSテレビ|TBS]]系で放送されていた[[関口宏の東京フレンドパークII]]のスポンサー降板により「[[三菱・パジェロ|パジェロ]]」の視聴者プレゼントが中止され、同番組の代名詞であった応援団(番組観覧者)による「パジェロ!パジェロ!」の掛け声も一時姿を消した([[2006年]][[10月16日]]放送分より三菱自工のスポンサー復帰及びパジェロのフルモデルチェンジに伴い復活)。
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* 横浜母子3人死傷事故においては、三菱自工が欠陥を認めるまでの間、事故車両を運転していた運転手男性の自宅に対して「人殺し」などの中傷[[ビラ]]が家の壁に貼られたり、[[無言電話]]などの嫌がらせが相次ぎ、男性が細々と営んでいた運送業は廃業に追い込まれた。<ref>『[[東京新聞]]』[[2007年]][[12月14日]] 朝刊 社会面 27頁 「三菱自元部長ら判決  遺影抱き『刑軽すぎる』 娘失った母涙と怒り - 事故車の運転手ら 苦難続きの人生」</ref>。
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* 2000年のリコール隠しにより、三菱車の販売台数が低下。[[2001年]]には大江工場([[愛知県]][[名古屋市]][[港区 (名古屋市)|港区]])が、[[2003年]]には[[カープラザ店]]がそれぞれ閉鎖に追い込まれた。
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== 脚注 ==
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== 関連項目 ==
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* [[脱輪]]
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* [[リコール (自動車)]]
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* [[不祥事]]
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* [[空飛ぶタイヤ]] - 本事件をモチーフにした小説。
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== 外部リンク ==
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* [http://www.yomiuri.co.jp/atcars/feature/m-tire/ 三菱欠陥車問題 : @CARS : YOMIURI ONLINE(読売新聞)]
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* [http://www.mitsubishi-motors.co.jp/corporate/philosophy/philosophy.html 三菱自動車-企業理念]
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* [http://www.nomuralaw.com/mitubisi/ 赤坂野村総合法律事務所] - 三菱自動車欠陥被害損害賠償法律相談
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* [http://www.mitsubishi-fuso.com/ 三菱ふそうトラック・バス株式会社]
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* [http://www.mitsubishi-fuso.com/jp/news/recall.html リコール情報]
 +
* [http://www.nomuralaw.com/mitubisi/ 三菱自動車欠陥被害損害賠償法律相談]
 +
* [http://www.yomiuri.co.jp/atcars/feature/m-tire/ 三菱欠陥車問題]([[読売新聞]] [[YOMIURI ONLINE]] @CARS 特集)
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* [http://www.nrs-retarder.co.jp/news/020301.html トラクタ脱輪事故の波紋]
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{{Wikipedia/Ja}}
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{{デフォルトソート:みつひしりこおるかくし}}
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[[Category:三菱自動車工業|りこおるかくし]]
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[[Category:企業犯罪]]
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[[Category:平成時代の事件]]
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[[Category:2000年代]]
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[[Category:三菱ふそうトラック・バス|りこおるかくし]]
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[[Category:逆転有罪事件]]

2014年10月28日 (火) 16:24時点における版

三菱リコール隠し(みつびしリコールかくし)は、2000年に発覚した三菱自動車工業(三菱自工)の乗用車部門およびトラックバス部門(通称"三菱ふそう"、現在の三菱ふそうトラック・バス)による大規模なリコール隠し問題をいう。

その後も、2004年にトラック・バス部門の更なるリコール隠しが発覚。乗用車部門も再調査され、国土交通省によると2000年時点の調査が不十分だったことが判明した。これが決定打となって三菱自工・三菱ふそうはユーザーの信頼を失い販売台数が激減、当時筆頭株主であったダイムラー・クライスラーから資本提携を打ち切られるなどの深刻な経営不振に陥ることとなった。

企業倫理の問題として、自動車業界とは異業種ではあるが、タイレノール殺人事件ジョンソン・エンド・ジョンソン製品への毒物混入事件)における迅速な対応などと対比されることもある。

また、本事件を基にした小説が出版された。

概要

2000年平成12年)7月18日までに、当時販売台数ベースでトヨタ自動車日産自動車本田技研工業に次ぐ乗用車国内シェア4位の自動車メーカーであった三菱自動車工業(三菱自工)が、1977年昭和52年)から約23年間に亘り、10車種以上(最初の届け出だけでもランサーギャランパジェロパジェロイオデリカスペースギアなど乗用車系で6件約45万9,000台、大型・中型トラックで3件約5万5,000台)、約69万台にのぼるリコールにつながる不具合情報(クレーム)を運輸省(現・国土交通省)へ報告せず社内で隠蔽していた事実が、同年6月に運輸省自動車交通局のユーザー業務室になされた匿名内部告発で発覚した。同省によると、三菱自工はユーザーからのクレーム情報を本社の品質保証部に集約、管理していたが、クレーム情報のうち外部に知られたくない物などに「秘匿」の意味でHマークを付けて区分し、同省の定期検査ではH区分のクレームを提示していなかった。この区分による仕分けは1977年から行われ、同社がコンピューターによるクレーム処理システムを導入した1992年(平成4年)以降は電算処理で分類していた。その一方で、リコール制度発足から30年以上に亘って、運輸省に欠陥を届け出ずにユーザーに連絡して回収、修理する「ヤミ改修」も行われていた。リコールの案件は、「ランサーなどでエンジン関連部品のクランクシャフトのボルトに欠陥があり、エンジンが停止する」「ギャランなどで燃料タンクのキャップが壊れ燃料が漏れる」など[1][2][3]。一連のリコール隠しにより欠陥車を放置した結果、同年6月には熊本市内でブレーキの欠陥によりパジェロがワゴン車に追突、ワゴン車に乗っていた2人が首に2週間の怪我をする人身事故が発生している。このリコール隠し事件の責任を取り、当時の代表取締役社長であった河添克彦が同年8月28日に引責辞任する意向を固め[4]9月8日の正式発表[5]を経て11月1日付で辞任した[6][7]

また、同年8月27日には警視庁交通捜査課などが道路運送車両法違反の疑いで三菱自工本社や岡崎工場(愛知県)など5ヵ所を家宅捜索した[8]

東京地方検察庁は翌2001年4月25日1999年の運輸省の立入検査で約10,300件の不具合情報を隠したとして、三菱自工の宇佐美隆副社長らを道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で書類送検した。副社長らは5月8日東京簡易裁判所から罰金20万円、法人としての三菱自工も同40万円の略式命令を受けた。この時点で、国土交通省から全ての欠陥情報を開示するよう求められたが、1997年以前の情報を隠し、クラッチハブの欠陥対策をとらなかった[9]

このリコール隠しで三菱自工は市場の信頼を失い販売台数が急減し、三菱ふそうの最高経営責任者(CEO)に資本提携先のダイムラー・クライスラーからロルフ・エクロートを迎え入れて経営再建途中にあったが、2002年に発生した子会社三菱ふそうトラック・バス2003年に三菱自工からトラック・バス部門を分社化)の大型車(ザ・グレートスーパーグレートエアロエースエアロクィーンエアロスターエアロキングなど)のタイヤホイール)脱落事故について、構造上の欠陥およびリコール隠しの疑いが濃いことが明るみに出るにつれ、2004年4月22日には三菱自工の筆頭株主であったダイムラー・クライスラーが財政支援の打ち切りを発表し、三菱自工の社長に就任していたエクロートが任期を待たずして4月26日限りで辞任した。

同年5月6日、大型トレーラーのタイヤ脱落事故(後述)で三菱ふそう前会長の宇佐美や元常務ら7人が神奈川県警察逮捕され[10]、同月27日に横浜区検察庁横浜地方検察庁は宇佐美ら5人と法人としての三菱自工を起訴した[11]。さらに、6月10日には別の事故で三菱自工の河添元社長や宇佐美ら元役員6人が、神奈川県警察・山口県警察などに逮捕された[12]

一連の不祥事により、三菱自工及び三菱ふそうは以下の制裁措置を受けた。

  • 国土交通省 - 1週間に1回の報告義務、車両の入札における指名停止、型式審査の厳格化[13][14]
  • 警察庁 - 車両の入札における指名停止

その他、岐阜県京都府岡山県さいたま市倉敷市(いずれも三菱自工・三菱ふそうの事業所がある)以外の一部の自治体も車両の購入を禁止した。

その後、延べ4,000人以上を動員して販売会社に残っていた過去全ての不具合記録を自主的に分析し、1998年以前の100件以上の欠陥を発表した。なお、2000年以降、乗用車ではリコール隠しや闇改修は行われていなかった。

2006年9月にはユーザーから寄せられた不具合情報を共有可能とする新品質情報システムの導入を発表した。これにより、不具合の原因究明における統計分析の迅速化や、販売会社での修理手順・見積もりの照会などを可能とし、品質改善の迅速化を図っている[15]

本事件は刑事裁判となり、全てが三菱自工および三菱ふそう側の有罪で確定した。

死亡事故

一連のリコール隠しにより、2002年に2件の死亡事故が発生した。

横浜母子3人死傷事故

2002年1月10日神奈川県横浜市瀬谷区下瀬谷3丁目交差点付近の中原街道で発生した事故[16]
綾瀬市内の運送会社が所有する重機を積載して片側2車線の走行車線(事故当時、付近にガードレールはなかった)を大型トレーラートラックトラクターザ・グレート1993年製)の左前輪(直径約1m、幅約30cm、重量はホイールを含めて140kg近く)が外れて下り坂を約50m転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた大和市在住の母子3人を直撃。母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った[17][18]
神奈川県警が車両の検分を行ったところ、事故を起こした車両はハブが破損し、タイヤホイールブレーキドラムごと脱落したことが判明[19]。三菱自工製の大型車のハブ破損事故は、1992年6月21日東京都内で冷凍車の左前輪脱落事故が確認されて以降計57件発生し、うち51件で車輪が脱落していた(うち事故車両と同じ1993年製が7割を占めていた[20]」)。三菱自工側は一貫してユーザー側の整備不良が原因としたが、事故を起こした車両と同じ1993年に製造された三菱自工製のトラックに装着されているハブの厚みが、その前後の型や他社製よりも薄い構造であり、ボルトを強く締めすぎた場合や、カーブや旋回時に掛かる荷重により金属疲労が生じ、ハブが破断しやすいことも判明した[21]。これを受け、三菱ふそうは2004年3月24日、製造者責任を認めて国土交通省にリコールを届け出た。さらに同年5月6日、宇佐美ら5名が道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で、品質保証部門の元担当部長ら2名が業務上過失致死傷容疑で逮捕され(5月27日に起訴)、法人としての三菱自工も道路運送車両法(虚偽報告)容疑で刑事告発された[22]
なお、この事故で死亡した女性の母親が約1億6550万円の損害賠償を求めて提訴した民事訴訟では、2007年9月、会社側に550万円の支払いを命じる判決が最高裁で確定した。このとき、原告の訴訟代理人を担当した青木勝治弁護士は、損害賠償金を代理人である自分の口座に振り込ませ、遅延損害金を含めた約670万円を預かった。しかし、訴訟当初の約1億6550万円の請求額を基準に報酬額を約2110万円と算定し、「自分が預かっている約670万円と相殺する」と通知して、原告に賠償金をいっさい渡さなかった。2010年6月、横浜弁護士会は、依頼人の原告に過大な報酬を請求したなどとして、同弁護士を業務停止6か月の懲戒処分とした。[23]

山口トラック運転手死亡事故

2002年10月19日の深夜、山口県熊毛町(現周南市)の山陽自動車道熊毛インターチェンジ付近で発生した事故[24][25]
鹿児島県内の運送会社に勤めていた同県国分市在住の運転手の男性(当時39歳)が運転する、野菜を積んで大阪名古屋方面へ向かっていた9トン冷蔵車(ザ・グレート)が料金所を減速なしで通過、インター先で合流する山口県道8号徳山光線中央分離帯も乗り越え、道路脇に設置された歩行者用地下道の入口構造物に激突した。冷蔵車は大破して男性は死亡した[26]
関係者や当時の記録によると、プロペラシャフトの一部の部分が脱落した後、車体側に残されたシャフトが振り子のような異常振動を始めた。料金所へ向かう急な下り坂のS字カーブに入ったとき、振動はさらに激しくなり、シャフトに並行して設置されているブレーキ配管が破壊され、制動不能に陥った。
山口県警はこの事故に関して、通常、関西方面に向かう車が熊毛ICで降りることは少ないことから、運転手が何らかの異常を感じ、点検のため高速を降りようとしたのではないかとみて、この事故に関し現場検証を行った。その結果インターの手前約3.4kmの地点に、事故を起こしたトラックから脱落したプロペラシャフトの一部が発見され、路面には脱落時にできたとみられる窪みも確認された。同県警では整備不良と車両欠陥の両面から捜査を行っていたが原因は不明のままに終わり、死亡した男性が道路交通法違反(安全運転義務違反)容疑で被疑者死亡のまま送検された。
しかし後の2004年になり、山口地方検察庁は「事故は構造的な欠陥を抱えていたプロペラシャフトが破断し、それがブレーキ系統を破壊したことによって引き起こされた」と最終的に判断し、男性を改めて不起訴処分とした[27]

刑事訴訟

リコール隠し(道路運送車両法違反)

2006年12月13日横浜簡易裁判所は、過去の報告のうち9件は虚偽と認めたが、国土交通大臣による報告要求がなく国土交通省リコール対策室による要求であり犯罪成立要件を満たしていないとして、無罪判決とした。しかし、2008年7月15日東京高等裁判所は、リコール対策室に権限が委ねられており国交相も了承しており犯罪が成立するとしてこれを破棄し、宇佐美ら3人と法人としての三菱自工に対し、それぞれ求刑通りの罰金20万円の有罪判決とした[28]
2010年3月9日最高裁判所第1小法廷は被告側の上告を棄却、宇佐美ら3人の有罪が確定した。法人としての三菱自工も、2審有罪判決の上告を行わず有罪が確定している[29]

横浜母子3人死傷事故(業務上過失致死傷

2007年12月13日横浜地方裁判所は「欠陥の把握は可能だった。放置すれば人に危害が及ぶことも容易に予測できた」と認定し、元市場品質部長と元同部グループ長の両被告にいずれも禁固1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
2009年2月2日東京高等裁判所は元市場品質部長と元同部グループ長の両被告にいずれも禁固1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した地裁判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。判決では、「事故原因を強度不足と断定できなくても、その疑いがあった時点でリコールしていれば2002年の事故も防止できた」として、両被告の過失を認定した。
2012年2月8日最高裁判所は上告を棄却し有罪判決が確定した。事故原因については、過去に多数発生した破損事故にハブの摩耗の程度が激しくないものも含まれていたなどとして、「強度不足の欠陥があったと認定できる」とした[30]

山口トラック運転手死亡事故(業務上過失致死

この事故をめぐり、業務上過失致死罪に問われた件については宇佐美を含む4名は控訴を取り下げ、1審横浜地裁で言い渡された禁固2年、執行猶予3年の有罪判決が確定している[31]
この事故の前、運転手は異音がするとして計3回にわたり販売店へ申告して点検を要請していたが、これを無視していた。故障後、運転手は無線でブレーキが効かない旨を連呼、インター突破時も料金所職員にブレーキが効かない旨を叫んだという。そのまま市街地に進入すると他者を巻きこんだ大惨事になることから、自己の生命と引き換えに車を停止させる覚悟をし、道路脇にあった地下道の入口の構造物に突入した。要出典

略年表

  • 1990年6月 - 大型車で確認できる最初のクラッチ系統の破損事故が発生。
  • 1992年6月 - 大型車で最初のハブ破損事故が発生。
  • 1996年5月 - クラッチ系統についてリコール対策会議が開かれる。欠陥を認識したが、リコールは届け出ず2000年にかけて「ヤミ改修」を続ける。
  • 1999年6月 - 広島県内でバスのハブが破損し、車輪が脱落。これまでに十数件のハブ破損があったが、元市場品質部長と同部グループ長は対策を怠り、母子死傷事故を引き起こした(2004年5月27日に業務上過失致死傷罪で起訴)。
  • 1999年7月 - 8月 - バスの車輪脱落で個別対策会議。運輸省に「整備不良」と報告することを決定。
  • 2000年7月 - リコール隠しが発覚、河添社長が引責辞任。このときの調査対象を過去2年間のみとしたため、それ以前の問題に手が付けられることは無かった。
  • 2000年11月 - 河添の後任に園部孝(故人、- 2003年10月29日)が就任。園部は2002年6月から死去日まで会長職を務めた。
  • 2002年1月10日 - 横浜市でハブ破損による母子死傷事故発生(前述)。三菱自工側はトラックの異常は運転者の整備不良だと主張。
  • 2002年1月 - 2月 - 母子死傷事故をめぐる「マルT対策本部会議」が技術的根拠もなく、ハブの交換基準を決定。
  • 2002年2月 - 宇佐美ら、国交省に対しハブについて、技術上根拠がないまま「摩耗が0.8mm以上のハブを交換すればタイヤ脱落を防げる」と虚偽の報告(2004年5月27日に起訴)。
  • 2002年10月16日 - 横浜市でトラクターのクラッチ系統が破損。国交省には「整備不良が関係。多発性なし」と報告。
  • 2002年10月19日 - 山口県熊毛町でクラッチ系統の破損でブレーキが利かなくなった冷蔵車が暴走し、運転手の男性が死亡(前述)。三菱自工側は、トラックの異常は運転者の整備不良だと主張。
  • 2003年10月24日 - 母子死傷事故で、神奈川県警が業務上過失致死傷容疑で三菱自工本社などを家宅捜査。2004年1月にも再捜査。
  • 2004年3月11日 - 三菱ふそうの2度目のリコール隠しが発覚。
  • 2004年5月6日 - 三菱ふそうの宇佐美前会長ら7人を神奈川県警が逮捕(後に三菱ふそうの元部長2人については「宇佐美らの指示に従う立場で、関与の程度が低い」として釈放)。
  • 2004年5月27日 - 横浜区検察庁横浜地方検察庁が道路運送車両法違反(虚偽報告)などの罪で、6日に逮捕された7人のうち5人と、法人としての三菱自動車を起訴
  • 2004年6月2日 - 三菱自工が乗用車で「ヤミ改修」があったことを発表。延べ4,000人以上を動員して1979年以降のデータを全て自主的に調査し、発表した。また三菱ふそうも大型車の欠陥問題で29人の処分を発表。
  • 2004年6月10日 - 三菱自工の河添元社長ら元役員6人を業務上過失致死傷の疑いで逮捕。
  • 2004年6月14日 - 新たに43件のリコールを発表。国土交通省への欠陥リークを受けて、1週間後の14日に発表。この欠陥が原因の事故は、人身事故が24件、火災事故は101件。
  • 2005年3月30日 - 三菱自工は法人として、リコール隠し当時の旧経営陣に対し、民事訴訟を提起。
  • 2005年4月15日 - 前年9月届出のリコールに対する再リコールを発表。原因を解明できぬままリコールを実施したため、対策実施済み車に火災事故が4件発生。加えて再リコールに先立つ緊急点検における作業手順の徹底不足による、2件の火災事故発生が明らかになる。

軽自動車エンジンに関する問題

国土交通省の調査の結果、法律違反はなかったとされたものの、軽自動車エンジン(3G83)のオイル漏れの不具合については、2005年2月に把握したにもかかわらず、不十分な対応のため2010年11月から2012年12月まで4回に渡り、120万台以上のリコールを行うこととなった。詳細は三菱自動車・3G83エンジンに関する問題を参照。

影響

  • 2004年のリコール隠しにより、三菱ふそう川崎硬式野球部三菱自動車岡崎硬式野球部が一時活動休止に追い込まれた。また、「エアロミディ」が国交省の制裁措置により一時販売中止となったり、TBS系で放送されていた関口宏の東京フレンドパークIIのスポンサー降板により「パジェロ」の視聴者プレゼントが中止され、同番組の代名詞であった応援団(番組観覧者)による「パジェロ!パジェロ!」の掛け声も一時姿を消した(2006年10月16日放送分より三菱自工のスポンサー復帰及びパジェロのフルモデルチェンジに伴い復活)。
  • 横浜母子3人死傷事故においては、三菱自工が欠陥を認めるまでの間、事故車両を運転していた運転手男性の自宅に対して「人殺し」などの中傷ビラが家の壁に貼られたり、無言電話などの嫌がらせが相次ぎ、男性が細々と営んでいた運送業は廃業に追い込まれた。[32]
  • 2000年のリコール隠しにより、三菱車の販売台数が低下。2001年には大江工場(愛知県名古屋市港区)が、2003年にはカープラザ店がそれぞれ閉鎖に追い込まれた。

脚注

  1. 中日新聞』2000年8月22日 夕刊1面1頁 「三菱自 リコール隠し23年 欠陥パジェロで事故も」
  2. 『中日新聞』2000年7月19日 朝刊社会面27頁 「三菱自工リコール隠し ユーザー苦情 届け出怠る 欠陥対象は69万台」
  3. 『中日新聞』2000年7月26日 夕刊第2社会面12頁 「三菱自 53万台リコール 社長、苦情隠ぺい認める」
  4. 『中日新聞』2000年8月28日 夕刊 1面1頁「三菱自・河添社長辞任へ リコール隠しで引責」
  5. 『中日新聞』2000年9月8日 朝刊1面1頁「三菱自 河添社長が辞任を表明」
  6. 『中日新聞』2000年11月1日朝刊経済1面8頁「新社長登板2000 三菱自動車工業 園部孝氏(59) 気合入れ信頼回復」
  7. リコール隠し引責、三菱河添社長がついに辞任 | レスポンス
  8. ついに! 三菱リコール隠しで強制捜査 | レスポンス
  9. 三菱自動車リコール隠し事件 | ニュースクリップ [読売新聞]
  10. 『中日新聞』2004年5月6日 夕刊1面1頁「ふそう前会長ら7人逮捕 タイヤ脱落 ハブ欠陥隠ぺい 虚偽報告と業過致死傷 三菱自元常務も」
  11. 『中日新聞』2004年5月28日 朝刊社会面 31頁「脱輪死傷事故 三菱ふそう前会長ら起訴 虚偽報告『極めて悪質』」
  12. 『中日新聞』2004年6月11日 朝刊1面 1頁「三菱自・河添元社長を逮捕 クラッチ欠陥隠ぺい 業過致死容疑 元役員5人も 神奈川・山口県警」
  13. 三菱ふそうトラック・バス(株)に係る厳格な自動車型式審査の実施について(国土交通省)
  14. 対策不十分なら認証せず 車の型式審査で中間報告47NEWS
  15. mitsubishi-motors.co.jp
  16. 横浜タイヤ脱落母子死傷事故から3年/三菱ふそう 謝罪しつつ無罪主張/利益優先に殺された命
  17. 『中日新聞』2002年1月11日朝刊社会面39頁「外れたタイヤが直撃 横浜の県道 歩道の母子3人死傷」
  18. [1]
  19. 『中日新聞』2003年10月23日朝刊1面1頁「横浜のタイヤ直撃死亡事故 三菱自を捜索へ トレーラー製造元 設計など過失の疑い」
  20. 『中日新聞』2004年3月11日朝刊1面 1頁「タイヤ脱落死傷 三菱自、強度不足を認識 『整備不良』主張覆す
  21. タイヤ脱落事故で神奈川県警が三菱ふそうを捜査対象 | レスポンス
  22. 失敗事例 > 三菱自動車のリコール隠し
  23. [2010年6月2日付 讀賣新聞]
  24. 朝日新聞』2002年10月21日 朝刊山口1面 28頁 「大型トラックの男性が死亡 熊毛町/山口」
  25. 『朝日新聞』2004年5月21日 朝刊 社会面 35頁 「ブレーキ効かず激突 シャフト、配管破損 欠陥クラッチ死亡事故」
  26. 『朝日新聞』2004年5月21日朝刊 1面 1頁「クラッチ欠陥、ブレーキ利かず激突死 事故の詳細判明」
  27. 三菱ふそうトラックで死亡した運転手の名誉回復 | レスポンス
  28. YOMIURI ONLINE - 三菱自動車・タイヤ脱落虚偽報告、元役員らに逆転有罪判決
  29. [2]三菱自動車:欠陥隠し裁判 ふそう元会長ら有罪確定へ
  30. [3]タイヤ脱落死傷で三菱自元部長ら有罪確定へ
  31. 元ふそう会長も有罪確定 三菱自事故で控訴取り下げ - 47NEWS(よんななニュース)
  32. 東京新聞2007年12月14日 朝刊 社会面 27頁 「三菱自元部長ら判決 遺影抱き『刑軽すぎる』 娘失った母涙と怒り - 事故車の運転手ら 苦難続きの人生」

関連項目

外部リンク

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